青年期

部活動、あれやこれや

次男の成長期は肩から始まった。
そもそも、男の子の体の成長というものをよく分かっているわけでもないが、だいたいは背が伸びることから始まるものだと思っていた私である。
っていうか、それ、間違ってませんよね?

中学生になって初めての夏が過ぎたある日、
長袖Tシャツ一枚を着た次男の姿を見て、私は違和感を覚えたのだ。
なにかが今までと違っている。
次男の体のシルエット。
どこがって、ほら、この肩。
ちょっとこのシャツ、肩パット入ってないわよね?
キョトンとする次男の肩を両手で掴んで確かめるが、
正真正銘、次男の肩である。
うっそーsign03
ちょっとアナタ、いつの間に~?happy02

もしやと思い、身長を測ってみると、春から5cm伸びていた。
いよいよ待ちに待った成長期の到来である。
とは言え、もともと小柄な次男の背が5cm伸びたところで、
同じく成長期真っ只中の子どもたちに混ざってしまえば
急にその差が埋まるわけではない。
バスケの試合でどんなにがんばってジャンプしても、
背の高い子には易々とボールを奪われてしまう。
「おまえは跳ぶなー!」と先生に言われる。
「その代わり、足元に転がったボールは絶対取れ!」
確かに、すばしこい次男はルーズボールを拾うのには有利である。
だけど、「跳ぶな」はないわよねぇ…gawk

このごろ、中学の部活について思うことはいろいろある。
学校生活における部活動の位置づけも、この数年で変わってきている。
世間ではブラック部活なんていう言葉が囁かれ、
生徒だけでなく、教員にとっても過度に負担が大きい活動の仕方を
見直す動きが出てきたためだと思われる。
数年前に長男が在籍していたころに比べても、今は部活の休みも増えた。
中学の先生方は傍目にも多忙で、部活だけに時間や労力を割くわけにもいかないというのも理解できる。
ただ、それを差し引いて考えても、どうもすっきりしない思いが
今、私の心を占めている。

30年以上前の私自身の子ども時代にも、少年野球や少年サッカーはあったし、
小さいころから剣道や柔道、水泳などを習う子どもはいた。
でもそれは、数から言って、ごく少数の子どもだった。
中学で部活に入り、初めてのスポーツにチャレンジするというのは、よくあることだったように思う。
でも今や、バレーボールもバスケットも、テニスも、卓球も、
小学生のうちからやっている子がたくさんいて、
部活でレギュラーを占めるのはたいていそういう子ばかりだ。
そして、さらにうまくなりたい子は、部活の練習だけでは足りずに
外に習いに行くのも普通であるし、
そもそも学校の部活には所属せず、外部のクラブチームのみで活動する子もいる。
部活に入ってさえいれば十分だろうという古い価値観は、通用しない時代なのである。

そんな中で、次男が所属するバスケ部は、この春未経験者ばかりが入部した。
夏に三年生が引退すると、二年生はわずか二人。
初心者だろうがなんだろうが、一年生も試合に出る。
普通に考えれば、猛練習が必要な彼らである。
しかし実際は練習以前に、集合が遅い、ダラダラしている、私語が多いというふうに、だれかが何かをちゃんとやれてないといっては、連帯責任のランニングばかり。
夏まで、ろくにバスケの練習をしていなかったのである!
ペナルティのランニングなんて、疲れるだけで楽しいはずはない。
それで余計にダラダラするという悪循環。
そんな状況で試合に出たって、どうにかなるものではない。
先生からのダメ出しの嵐にも、子どもたちは混乱するだけ。
「お前ら下手すぎるって言うけど、先生が何にも教えてくれないんじゃないか!」
もっとちゃんと練習したいと次男が涙をこぼす日もあった。

中途半端なんだなぁと思う。
部活のあり方が である。
学校教育や教員の勤務全体の中での部活動のウエイトは
どんどん少なくなってきている。
部活指導にあまり手をかけていない。
その割に、先生の子どもたちに対する要求度合いが高すぎるのだ。
小学校時代にミニバスケットボールをやってきた、放っておいたって試合ができる子どもと違い、
初心者がどんなになんにもできないか、
先生は忘れているんじゃなかろうか。

それでも、入部してから半年余りが過ぎた。
次男が時々家で話す部活のエピソードは、涙あり笑いあり、
不平不満をもらしながらも、なんとかここまでがんばってきた。
さらに驚くべきは、入部当初のメンバーが誰一人欠けていないこと。
例え試合に勝てなくても、なにかそれ以上に価値あるものを
きっとあの子たちは手にすることができるだろう。
成長期の波を逃すまいと、朝に晩にザバスジュニアプロテインを
牛乳に溶かして飲んでいる次男を、
今は温かく見守るだけである。

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部活動始めました

日曜日。
朝一番の時間帯に部活が入っていた次男、出かけたと思ったら一時間ほどして帰ってきた。
なんでも、顧問の先生に叱られ、「帰れー!!」と怒鳴られ、帰ってきたんだそう。
何度聞いても、次男の説明では状況が今一つ分からないのだが、
集合の時間が遅い、ダラダラしている、真剣味がない、
叱られた理由は大方そんなことのようである。

おーおー、やってるなーsmile
次男が入部したのはバスケ部。
さすが運動部である。
「センパイがすごく優しい」けれど、「先生はこわい」んだそうである。
だけど。
それで帰って来ちゃってよかったわけ!?
私の時代だったら、「すみませんでした!!練習させてください!」と、そこは泣いて訴えるところだと思うのだが、現代っ子は違うようである。
「だって、帰れって言われたんだもん。だいたい、先生怒ってるのに、笑って話してるヤツがいてさー、先生余計に怒っちゃって。それで、おまえら帰れーってなって、ぼくたちなんかトバッチリだよ」
いや、そうじゃないでしょ。
遅く行ったのはアナタもでしょ。
時間を守った早目の行動は、部としての規律を維持する上でとても重要だ。
次男を見ていると、やはり認識が甘いと言わざるを得ない。
先生もたいへんだなーと思う。
こんな中身がまだ小学生の子どもたちを、一人前の運動部員に育て上げるまでに、あとどれくらい怒鳴らなければならないのだろう。
そうやって先生が、自分たちに膨大なエネルギーを注いでくれているという真実を、あの現代っ子たちはいつか気付くときが来るんだろうか。

母親目線で見る次男は、まぁ、無邪気なものである。
ボールの扱いに少し慣れたと言っては喜び、センパイと親しく口をきいたと言っては嬉しがる。
一つ二つ年上の子たちを「センパイ」なんていう慣れない呼び名で呼び、敬い慕うさまは、母の目にはとても新鮮である。
練習キツかったー とよれよれになって帰宅する姿も、母の胸にグッとくる。
初めての部活動、たくさんの戸惑いも感じているだろうが、とにかく一生懸命である。
気心の知れた仲間と顔を合わせれば、もう楽しくって仕方がない。
不真面目なのではないのだけど、とにかく楽しくって嬉しいのだ。
でも、その楽しくって嬉しいのは、運動部員らしくない。
顧問の先生の目からすれば、指導の対象になってしまう。

「学校の先生って、みんなすぐ怒りすぎるんだよ」と、次男は口を尖らせて言う。
自分たちが先生を怒らせる原因を作っている事実なんて、まるでないみたいに。
「卒業式のときだってね」と今度は小学校時代の話を持ち出す。
「ツムツムの音がするんだよ。シーンとして式が始まるのに、どこかでだれかがツムツムやってんだよ。卒業式でツムツムの音が聞こえたら、可笑しいでしょ。ふつう笑うでしょ。で、ちょっと横向いて笑ってたら、先生に怒られた。」
納得いかないって顔の次男である。
それは初めて聞いた話だったが、きっと親に連れられて来た小さな弟妹の誰かが間をもたせるためにスマホのゲームをしていたんだろうと思う。
筋から言えばゲームの音を消すべきだが、その場にいた先生にとっては児童に笑うなと言うほうが早い。
なにせ、卒業生は卒業式の主役。
みんなが注目するのだから。
ま、先生の対応も仕方なかったよねぇと思うけれども、怒られた本人としては不本意なのも分かる。
こうやって、少しずつ始まっているんだなぁ と私は思った。
なにがって、「どうせ大人は分かってくれない」っていう例のアレ。
親も先生もクソくらえっていう思春期特有の反抗期。
次男は家でも外でも、特別反抗的な子どもというわけではない。
それでも、心の内で大人たちの行動を観察し、矛盾を見つけては、不満や不信を募らせていく時期なのだ。
そんなことを考えると、本当に中学の先生ってたいへんな仕事だと思う。
部員と顧問の間の適度な距離感を保つのは、すごく難しいと思う。
どうかうまく舵取りをしていただき、ムチばかりでなく時々は飴も与えてもらって、未熟な我が子をご指導いただけたらと願う。

週が明けて月曜日。
前日一緒に帰ってしまった数人の部員といっしょに、先生に謝りに行ったそうだ。
「自分で帰れって言ったくせに、おまえら、なんで帰ったんだよ~!って言ってた」
ぽそりとつぶやく次男。
それ、先生の前で口に出さなくて正解。
先生の深い愛が、現代っ子思春期篇の彼らに届く日はそう遠くないと予感した私である。

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中間テスト

帰宅するなり次男が言う。
「友達と勉強するから、帰り遅くなるけどいい?」
人生初の定期考査の前である。
一学期の中間テストは中学生となったばかりの子どもたちが受ける洗礼。
学習の内容はもとより、これから中学校生活を送る上での重要なルールやスキルを学ばなければならない。
必要な課題をやっつけるために図書館へ行き、閉館時間までやったら近くのマクドナルドへ移動。
そこで食事をしつつ続きをやり、9時には帰ると言うけれど、
そんなんでちゃんと勉強やれるのかしら。
しかも一緒に行動するのは、まーくんという友人。
あのまーくんでしょ?
小さいころからとってもヤンチャでいたずらな。
ここしばらく、次男の口からまーくんの名前は出なかったので、
それほど親しくしていたとは知らなかったが、この春から同じクラスになったのは知っていた。
「だって、あいつさー、全然わかってないんだもん。
 ぼくは別に一人で塾の自習室だっていいんだよ。
 だけどあいつがどうしても一緒にやろうっていうからさー」
さも分かったような口ぶりで物言う次男。
ほぉー。
アンタも頼りにされることがあるんだねー
…と言いたくなるのを抑え、あらそう と曖昧に笑う私。

そこへまーくんから電話が入り、用意をしながら通話する二人。
「でさ、なにを持ってけばいいの?」と、まーくん。
訊かれた次男は、「なにって、全部だよ!」
「えー、全部って?」
「範囲表に書いてあるだろ。数学と国語と理科と・・・ 」
「あ、理科の教科書、学校に忘れた!」
「もー!持ってこれるの、全部持ってこーい!!」
二人の会話はスピーカーホンで、周囲に筒抜けである。
聞いていると、いつになく、あの頼りない次男がしっかりして見える。
つくづく、環境は人を育てるのだなぁ などと思う。
一応はひと通り、やるべきことは分かっているようで、こちらもひとまず安堵する。

「ね、マクドナルドで勉強するっていうんなら、
 うちにおいでよ。近いんだし。」
横から私が言う。
「マックで勉強させてもらえるか分からないし、
 うちに来た方が安心だよ」
なにせ、まだまだ小学生上がりの二人である。
じゃあそうするよ、マック食べたら戻ってくる と言い残し、
いそいそと出かけて行った次男だった。
やっぱりマックはどうしても外せないわけね…coldsweats01

七時すぎ。
大人だけで食卓を囲んでいると、次男がまーくんを連れて戻ってきた。
静かな客間を二人に使わせ、しばらくしてから飲み物とおやつを差し入れる。
まーくんのお母さんがいろいろ気を回して持たせて下さったので、
ありがたく頂戴したものだ。
まーくんがお母さんに電話をつないでくれたので、
「二人、すごく一生懸命やってますよー」と本人たちに聞こえるように経過報告をし、少し帰りが遅くなると思いますけど とことわって電話を切った。
なるべく邪魔しないようにと思っても、つい気になるのが親ごころである。
こっそり様子を見に行った夫が笑いながら帰ってくる。
「あの二人、いいコンビだよ。
 なんかね、あいつ、まーくんにはあんなに偉そうにしてたくせに、
 国語のワーク、試験の範囲じゃないところをやってたって
 気付いて、悶絶してた。
 結局ね、類は友を呼ぶんだよsmile
そこのとこはまーくんのほうがよく見ていて、次男が見落としていたらしい。
ちょっとはしっかりしたのかと錯覚したが、次男はやっぱり次男だった…gawk
笑えるけどね、笑い事じゃないんだよ、アナタ。

まぁ、そんなふうに過ごした試験前のこの2日間。
あっちへこっちへと場所を移さず、一つ所に腰を落ち着けたほうがムダがないのに  と思いながらも見守った。
悪ガキまーくんもちゃんといい子に育っていた。
いよいよ明日は中間テストの初日である。
次男とまーくん、二人の健闘を祈る。

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春なのに

子どもも中学生ともなれば生意気である。
とても生意気である。
いや、生意気なんていう言葉ももったいない。
小生意気なんである!

まぁ、親のほうもいけないと思うのは、ついベタベタ、手出し口出ししたくなること。
初めての中学校生活、あれはどうなの、これはこうなのといろいろかまい過ぎている。
上の息子のときよりも、下の息子に対しての方が、よりウザい母親に私はたしかになっている。
そういう自覚はあるものの、面と向かって「うるさい」と言われると、
ものすごく腹が立つのである。

冷静に考えれば、「うるさい」も思春期にはつきもの。
いつまでも母親べったりの男子というほうがどちらかというと問題があるのだろう。
ちゃんと年齢相応の成長段階に達していると思えばむしろ喜ばしいことではないか。
そんなふうに物分かりのいい母親ぶってみたところで、心の奥ではやはり淋しいのである。
子どもには、特に下の子には、いつまでも小さくて愛らしい子どもであってほしいような、子どもの成長を願う母親としてはどこか矛盾した願望が心に潜んでいる。
母にとっては最後の砦のような末っ子の存在。
あぁ、あなたまでどんどん大きくなってこの母から離れていくのね…
って! そりゃ、なるでしょ。
ならなきゃ困るでしょ!coldsweats01

実際、中学の服装に変わってから、子どものそうした傾向は顕著になったように思う。
最近までは親の目に無防備に晒していたLINEのタイムラインでの友達とのやりとりも、急に非公開設定にされてしまった。
まぁ、そうだよね と思うものの、急に壁を作られると、こじ開けたり乗り越えたりしたくなるのが母親っていう生き物なんである!

あぁ、母は哀しい。

その点、猫は違う。
猫は大人になっても猫である。
私の可愛いキジオは、大人になってもじーさんになっても、私の可愛いキジオである。
子どもは大きくなると小ナマ星人に生まれ変わってしまうけれど、キジオは私を裏切らない。
猫は癒しをくれる。
私にはもうキジオだけ。
仲良くしようね、キジオ。
満たされない気持ちを猫で満たすべく猫なで声で近づくも、いかんせん、キジオはだっこが嫌い。
並々ならぬ気配を察して、差し出した私の手からサッと逃れて行く。
猫にとっても愛情の押し売りはご免らしい。

あぁ、世の中春だというのに、やっぱり私はとても哀しい。

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