義母

義母の杖

わが家の玄関には、義母の杖が置かれている。
ここ数年、義母は外出時に杖を使うようになった。
80代も半ばに差し掛かった義母、杖なしには歩けないというわけではないが、まさに“転ばぬ先の杖”である。
義母がデイサービスを利用しているリハビリ施設からも、
通所のときに杖を持参するように言われている。
デイに杖を持って行くようになると、やはりほかにも同じような杖を持って来ている方がいるので、持ち主が分からなくなってしまわないように施設のほうで名前を印字したテープを杖に貼って下さった。
くっきりと大きく印字された名前のテープは杖の柄の部分に貼られ、とても目立つ。
少し離れたところからでも名前が読み取れるくらいだから、
これなら目のよくない人でも間違えることはないだろう。
ぼんやりした嫁に代わって持ち物の記名までしていただいて、
本当にありがたいことである。

しかし、私はちょっと気になっている。
その名前のテープには、義母のフルネームの下に「様」と書かれているのだ。
施設として、利用者に失礼のないようにとの配慮からだと思う。
ご丁寧な心遣いはありがたいと思うのだが、なにぶん杖は義母の私物である。
義母はその杖をデイのとき以外も使うのである。
自分の持ち物である杖に、自分の名前が「様」付きで書いてあるのを、義母は外出の際にどこへでも持ち歩くことになるのである。
やっぱりへんだよね…shock

そうは思うものの、義母本人は特に異論がないようだし、
せっかく貼っていただいたわけだし。
私さえ目をつぶっていれば問題はないことなので、
結局そのままになっている。
今後も当分の間、義母は「(フルネーム)様」と目立つように書かれたその杖を持って、お出かけすることになる。

まぁ、「様」のことは置いておくにしても、一見してだれにでも名前が分かってしまうことについて、それもちょっとどうなんだろうかと思う。
小学生だって名札をつけて歩かないこのご時世である。
個人情報保護の面で問題はないのだろうか。
くどいようだが、なにせその杖、日常的にどこへでも持って歩くのだから。

とはいえ、世の中にこれだけ高齢者が増えてくると、家族や身近な人間だけでなく、地域ぐるみで高齢者と関わっていくことも必要になってくる。
義母だって例外ではない。
なにかあったときに、名前の分かる持ち物を所持していることが逆に役に立つ場面だってあるかもしれない。
しかし、個人情報がだだ漏れになるというのは、やはりなにか危険な気もする。
だけど個人情報といっても名前だけだし、危険っていっても例えばどんな?
うーん、どうなんだろう…???

高齢者も、みんな人格を持った大人である。
そして、見知らぬ者同士も関わり合うのが人の世。
しかし現実に、悪いことを考える人間もどこかに存在する。
高齢者と個人情報というテーマは、本当に難しい。
とりあえずはもう一本、通所のとき以外で使う普段用の杖が必要だなぁと思う。
そして新しい杖には、目立たないところにこっそりと記名することにしようと、ぼんやりした嫁はぼんやりと考える。
もちろん、「様」はなしである。

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義母のコップ

それはおそらく、私がこの家に来たときにはすでにあったんだと思う。
義母が洗面所で歯みがきやうがいをするのに使っている、
プラスチック製のピンクのコップ。
えらく物持ちのいい義母である。
自分の買い物にはマメに出かけるほうであるが、
きっと、洗面台で使うコップは他人に見せる物でなし、
ちょっとくらい古くて汚れていたとしても買い替えの対象には
ならなかったらしい。
しかし、他人様にはそうだとしても、同じ家で暮らす家族の目には触れる。
私にはそのピンクのコップは、気になって気になって仕方のないものだった。

だってね、はっきり言って汚いんだもの!sad
古いのはいいとしても、義母はそれを使ったあと、きれいに洗わないのだ。
だから、歯みがき剤やうがい薬なんかの色が残っていたり、
底に濁った水がたまっていたり、見るからに気持ちが悪いのだ。
「お義母さん、コップが汚いですよ」とは嫁の立場ではさすがに言えず、義母がいないときにこっそり洗ったりしていた私。
顔をしかめておっかなびっくり。
シンクの排水溝のドロドロだって平気で洗える私なのに、
義母が口をつけた跡がくっきり残るそのピンクのコップを洗うのだけはいやでいやでたまらなかった。

そんな日々を20年近くも(!)過ごしたわけであるが、義母がコップを買い替える気配はなく、きっと義母は死ぬまでそのピンクのコップを使い続けるつもりに違いないと私もあきらめていたのだった。
なるべく見ないようにする習慣が少しずつ身に付き、時にスルーできるほどに私も変わってきていたのだが、果たしてそれは良い変化と言えるのだろうか?
汚いことに慣れるなど、冷静に考えれば、あってはならない。
それでも、そうやって冷静になるには私も未熟すぎたのである。
そしてとうとう、見て見ぬふりのうまくなった私の目を覚ますような衝撃的な出来事が起きた。
私は気付いてしまったのだ。
義母のコップのふちや内側についている黒い汚れがカビであることを!
そしてその黒カビは、あろうことか、義母の歯ブラシの柄の部分にも付いている!!うぎゃーshock

あぁ、どうしよう。
あなたが毎日お使いの歯ブラシとコップにはカビが生えていますよ なんて、私、言えない…
だけど、そのままにしておくには、怖すぎる…
こうなったら、方法はひとつ。
新しい歯ブラシとコップを買ってきて、プレゼントしよう。
そうすれば、きっと今のものは廃棄してくれるだろう。
そうとなれば、一刻も早く!と思っているところへ、
なぜかそのタイミングで子どもたちが相次いで熱を出す。
買い物に行けないまま、瞬く間に一週間が過ぎてしまった。
その間も洗面所に行くたびに、胸の真ん中に沸き起こる不快な感覚に苛まれ続けた私。
一度はまさに義母がその歯ブラシを使い、そのコップで口をすすぐ場面に出くわしてしまい、卒倒しそうになる。
お義母さん、いいかげん、自分で気付いてよsweat02

なにも気付かない平和な義母と、一人心の中で紆余曲折を経てきた私。
どう考えてもこっちが損をしているが、損ついでに今日やっと、
義母のために新しい歯ブラシとコップを買い求めたのであった。
これであの苦しみから私は解放されるのだが、
今後はもしかして、定期的に新しいものを私が買い与えることになるのだろうか?と思うと、
それはそれで少々腹立たしくもある。
仲のよくない嫁と姑の、ほんとうに複雑で微妙な関係。

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人には人の事情がある

義母宛にかかってきた電話を取り次いだ。
義母が通っている詩吟の教室のお仲間さん。
あれ?と私が思ったのは、つい昨日もその方から電話が入っていて、そのときに義母がケータイのほうにかけてちょうだいとケータイ番号を教えているのを聞いたからだ。
それでも固定電話の方にかけてくるお仲間さん。
ここ数年、プライベートな電話はほぼ自分のケータイですることにしている義母であるが、
そういえば今までもその方からの電話を取り次ぐことは度々あった。
次からはケータイにかけてねというやりとりを義母はこれまでにも何度か繰り返したに違いないが、でもやっぱり固定電話にかかってくるのだ。
80代の義母と同年代であろうお仲間さんは、話し方などとてもしっかりしていて感じもよいのだが、年を取るとは、そういうことなんだろうなぁと思う。
まぁ、人の事情は分からない。
ただうっかりしただけとも考えられるが、
もしかしたらその方、ケータイにかけると固定電話よりも微妙に上がる電話料金が気になるのかもしれないし、あるいは番号を書いたメモをなくしてしまったのかもしれない。
ひょっとして、11桁もの番号を間違わずに押すことに不安があるのかもしれないし、なんらかの理由でケータイ恐怖症であるのかもしれない。
そんなことに思いを巡らしているうちに電話は終わって、義母が受話子機を戻しながら、私に言い訳をしに来る。
「あの人、ケータイにかけてって言ってるのに、もうっ!ごめんなさいね」
別にどっちだっていいのだ。
義母に電話を取り次ぐのがいやだというほど、私はけちな人間ではないつもりだ。
家族にかかってきた電話を取り次ぐのは、むしろ普通のことだと思っている。
義母の方が私に取次ぎをしてほしくないということでないなら、
特に問題はないのだ。
だから、ここはごめんなさいと謝るところではなく、ありがとうというべきなんだと思う。
何度言っても固定電話にかけてくるお仲間さんよりも、
そうやっておかしな言い訳をしにくる義母の方が、私にとっては心底面倒くさい。
感覚の違いというのはほんとうに、人間関係を難しくする。

そんなことがあったあとで、義母がまた私のところへやってきた。
手にカップ麺を持っている。
「今日は午後、詩吟の日だったの。2時から始まるから、お昼はこのおそばを食べて行くからね」
私にお昼ごはんの心配はいらないと言ってくれているのはわかるのだが。
教室の場所まで、どんなにゆっくり歩いて行っても30分もかからない。
ふつうにいつも通り、12時を少し回ったくらいの時間に、私が用意するカップ麺よりはいくらかましな食事をとるというのではダメなんだろうか?
11時15分の今から、その手に握りしめた、賞味期限切れの怪しげな焼きそばを食べなくちゃいけないんだろうか?
心の中に暗雲が立ち込めていくのを意識しながら、それでも私は感情を隠し、そうですか、分かりました と告げる。
過去に幾度となく繰り返した同じやりとりを、再びここで始める気は毛頭ない。

嫁と姑はどこまでもかみ合わないものねぇと私がため息をついているちょうどそのころ、
夫は仕事関係の電話を待っていた。
「いやね、昨日も電話で話してて、追ってすぐ連絡しますって言うもんだから、すぐにかかってくると思ってたんだけど、24時間経った今もかかってこないんだよ」
どうやら、嫁と姑に限らず、人と人はかみ合わないようにできているものらしい。

 

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クリスマスの雑感

今日、12月25日。
朝の食卓にはいつもは見慣れないケーキの箱があった。
今年のクリスマスには、ケーキを1ホールで買うのはやめて、
カットされたものを家族の人数分、5ピース用意した。
二種類のケーキをそれぞれ2つと3つ。
「お義母さん、どっちのケーキにします?」と訊くと、
「こっちでいいわ」と答える義母。
どっちを選んでくれてもいいのだけれど、
その言い方がつい気になる私。
はいはい、こっちでね…とケーキをお皿にのせながら思う。
こっちでいいわ じゃなくて、こっちがいいわ とか、こっちにするわ と言ってくれた方が感じがいいのに…gawk
でも、こっちでいいわと言うのが義母という人である。
あー、かわいくない!

イエス・キリストに縁もゆかりもないわが家であっても、
イヴには家族そろってローストチキンとケーキを食べるのが恒例となっている。
買い物に行く車の中で何気なくラジオを聞いていいたら、
プレゼントをねだる子どもに、うちはクリスチャンじゃないからクリスマスは無関係!と言い放つリスナーからのおたよりが紹介されていた。
そりゃそうだ~coldsweats01
考えてみれば、イヴの前日、天皇誕生日には家族でお祝いなんてしないのに、
信仰すらしていないキリストさまのお誕生日だからって何をそんなに大騒ぎしなくてはならないのだろう。
とは思うものの、ま、それがなきゃつまらないし。
忙しない年末の、せめてその日だけはスペシャルに過ごす家族団欒の日ってことで、いいんじゃない?
子どもも冬休みに入るので、2学期お疲れさま会も兼ねてのね!
と、自分を納得させる私である。
そうやって今年もイヴに用意されたケーキだが、ある事情で翌日に持ち越されてしまったのだ。
というのも、次男の想定外の体調不良である。

昨日の夕方には次男のスイミングの練習があり、
次男の帰宅を待っての晩餐という段取りになっていた。
ところが、次男を迎えに行ってもらった夫からのメールには、
「どうもお腹の調子が悪いらしいよ」との知らせ。
2年前のクリスマス・イヴにはおたふくかぜにかかった次男である。
またなの!?またしてもこの日に~!?
などとつい思ってしまった(ごめん!)が、
スイミングですでに2回、帰ってからもトイレを出たり入ったりしている次男を見ると、さすがにかわいそうである。
仕方ない、ごちそうはお預けだね とビオフェルミンを2粒渡すが、反論する元気もない。
そして、言い返す代わりに次男が言ったのは、
トイレでおしりから血が出たということだった。
おしりが切れたのかな?痛い? と訊くと、「痛くない」。
おしりを拭いたら紙についたんでしょ? と訊くと、
「ううん、ブシャーって出て、ぽたぽたぽたってなった!」
えぇーsign03
これには私の方が強く反応してしまった。
なにせ、臆病な上に血が大の苦手ときている。
そのときすでに私の頭の中には、真っ赤な鮮血に染まった便器が描き出されていた。そんなんじゃないってば^^;
悪い病気だったらどうしよう~sweat01
もう食事どころではない。
時計を見れば、8時になろうとしている。
市の夜間診療所が開いている時間だ。
血便なのか下血なのか、本当に出血なのか、子どもの話だけでは真相は分からないが、下痢が止まらず体調がよくないのは事実だし、詳しい検査ができないにしても深刻な状態なのかどうかくらいは診察すれば分かるんだろうと考え、受診することにした。
熱はないが、寒い寒いと言う次男。
プールに入ったので体が冷えてしまったのかもしれない。
か細い子どもの体を上着とブランケットでぐるぐるにして、車で5分程のところにある診療所へ向かったのだった。

迎えた医師はまず尿検査を指示。
すぐに結果が出て、潜血反応はなしと伝えられた。
心配はいらないだろうが、念のため血液検査をすると言う。
その結果を待ちながら、次男は点滴をしてベッドで横になるものの、おしりにナウゼリンの座薬を入れたため、その刺激で便意と戦うこと15分。
あまりにもつらそうで、座薬ではなく内服のナウゼリンではだめだったのかしら?と思ったりも。
吐き気は感じていないようだし、錠剤を飲むのは平気のように見える。
次男はがんばって耐えていたが、結局已むに已まれずトイレへ。
出すもの出すと楽になったようで、急に機嫌がよくなる次男。
やたらと喋るなぁと思って見ているうちに、スーっと眠ってしまったのだった。
その後だいぶ待ってから、ようやく血液検査の結果も出た。
貧血もないという。
怖いのは食中毒だが、その可能性はないだろうとのことだった。
20日から今日くらいまでの間に、なにか変わったものを食べていないかと訊かれても、咄嗟に食べたものが思い浮かばない40代の脳。
それでもなんとか記憶をたぐりよせ、特に変わったものは食べていない、家族みんな同じ食事だと伝えると、
それじゃあ、多分ノロウィルスでしょう と言われた。
家族にうつると、年末年始はなくなりますよ と嚇かされ、それでもほっと胸をなで下ろして帰宅すると、すでに11時になっていた。
次男を寝かせ、私たちも遅い夕食を取ったのだった。

こうしてさんざんのイヴを過ごした翌朝は、少しゆっくりの、しかもケーキ付きの朝ごはん。
たまにはこんなクリスマスも記憶に残っていいかもね と笑い合う。
当の次男、昨日のあれはなんだったの?というくらい、今日はケロリと回復し、一日遅れのチキンもケーキも完食した。
ノロウィルスですらなかったのかもしれない次男の体調不良の、すべては謎に包まれている。
あとに残ったのは少しの安堵と、大きな疲労。
あぁ、親になるってやっぱりたいへんな仕事だということをかみしめる、今年のクリスマスであった。

 

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だいこんの季節

大根のおいしい季節になってきた。
おでんに風呂吹き、ぶり大根。
冬の食卓には大根が似合う。
先日もコロコロ角切りにした豚肉と大根で煮込み料理をしたところ、大根がうまいと夫から高評価を得た。
「昔は大根がうまいなんて思ったことなかったんだけどなぁ」という夫の言葉に、
味覚って変わるものね と相槌をうちながら、
私の頭の中では古い記憶を探してぱらぱらとページがめくられていた。
そのときの夫と同じ言葉を私は過去にも聞いたことがある。

見えてきたのは小学生のころの私。
家族で食卓を囲んでいる。
テーブルの中央に、数種の根菜の炊き合わせを盛った皿。
その中からひょいと箸でつまみあげた大根の一切れをしげしげと見つめ、父が呟く。
「昔は大根の煮たのなんか、ちっともうまいと思わなかったんだが…」
そして、それをぱくっと食べてから、
「うまいもんだな」とあらたまって言う。
え、そう?ちっともおいしくないよ と当時の私は思ったのだった。
比較的食べ物の好き嫌いなく育った私であったが、
大根という野菜は正直なところあまり好きではなかった。
生のままサラダや漬物にしたのはわりと好んで食べたが、
煮物にした大根を食べたときに口の中から鼻に抜ける独特の香りと、下茹でしても微妙に残るえぐみが苦手だった。

しかし変われば変わるもので、あの頃の父の年代になった私は、
大根の煮たのを心の底から美味と思う。
大根の味が分かるには、経験を積んで成熟した味覚が必要なのかもしれない。
やっと私も大人の仲間入りというわけだ。
うふふ~♪

いい気分でふと見やれば、私の正面に座っている義母。
取り分けてあった分を食べてしまい、お代わり用の大皿から
大根ばかりを選んで4つ5つ、自分の皿に取っている。
相変わらず自分の食べたいものだけを遠慮なく取る義母のやり方に、
ふつう大人はしないのよ、そういうの!
と言ってやりたくなるのを抑え、見なかったことにしようと思うが、
見た目にも明らかなほどお肉率の高くなった大皿の中身に、思わずため息がもれてしまう。
ずっと前に、白菜漬けを盛った皿から見事に葉っぱの部分だけを持って行かれ、芯ばっかり残ったのを見たときは驚きを通り越して笑ってしまったが、
その経験はその後の白菜漬けの切り方や盛り付け方に反映された。
小さめにきざんで全体を混ぜておけば偏りがなくなる。
でも、大根の場合は避けられないわねぇ…think
みんなで気持ちよく食事をするためには、やはりマナーは大切なものなのだ。
これで子どもたちがお肉を競って食べてくれたら全体としてのバランスはいいのだけれど、うちの子たち、あまりお肉に執着はない。
もちろん大根にも全く執着しない。
とりあえず自分の皿に入れられた分を消費すればノルマは達成したと思っているらしい。
あー、なんか、我が家の食卓って盛り上がらないわ~sad

ま、それはともかくとして。
義母の行動は正直で、私の煮た大根をおいしいと思ってくれている。
そのことだけにスポットを当て、まぁよかったわ と思おう。
次はもっと大根をたくさん入れて作ればいい。

 

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妄想

このところ、断続的な雨とともに鬱々とした日が続いている。
日の光を浴びないと、セロトニンが生成されないから?
そういうことなら、致し方ないわねぇ…
などと、同じくけだるそうにしている猫たちに話しかけてみる。
キジオもナノコも返事はなし。
ひげをピクリとさせる元気もないらしい。
まったく、こんなときでも元気なのは、子どもくらいだ。
子どもって、なんであんなにいつでも元気いっぱいなのだろう。

テレビを付ければ、目に飛び込んでくるのは
台風の目がいくつも渦巻いている天気図に、
どこかで起きた地震の速報。
あぁ、いやだ。
どうかこれ以上、なにも起こりませんように と
心でそっとつぶやきながら、掃除に取りかかる。

今週に入って、軽く夏風邪にやられたか、
次男と私、おなかの調子を悪くしていた。
次男の方は、たった一日学校を休んだだけですっかり回復。
しかし、私は4日も経つというのに、はっきりしない状態が続いている。
当然、家事もサボりがち。
買い物に出るのも億劫で、
食事作りも非常用のストックでどうにか凌いでいる有様。
気が滅入るのは、体調のせいもあるのかもしれない。
それでも、そろそろ掃除くらいやらないと、
床のあちこちにホコリがふわふわしはじめている。
よごれた部屋を見るのも精神衛生上よろしくない。

ホコリといっしょに、この重苦しい感じも吸い取れないものだろうか などと、無理難題を掃除機にふっかけつつ、
念入りにゴミの吸い取り作業をしていると、
ホコリや髪の毛などのゴミに混じって、
あちらこちらに糸くずが落ちている。
見るも不自然な、赤い糸くず。
それが、玄関に一つ。
キッチンに一つ。
バス・トイレ方面に続く通路にも点々と。
そして、トイレの中に至っては大量に、同じ糸くずがばらまかれていた。
義母のしわざである。

義母はデイケアに行くようになってから、手芸をするようになった。
パッチワークだとか、ビーズだとか、小物づくりなどに
創作意欲を燃やしていて、
デイケアに行かない日も、よく家でやっている。
趣味を持つことはいいことだし、
手先を使うのは脳の刺激としてもいいと思う。
そうは思うのだが、おとなしく作品を作るだけでなく、
どうしたって自分の活動の痕跡をしっかりと残すのが義母だ。
おせんべいを食べれば、そのカケラを落として歩くのと同様、
衣服にくっついたまま運ばれた糸くずが、
歩く道すがらポロポロと落っこちて、
トイレで大量に振り落されたというわけだ。

赤い糸を掃除機で吸い取りながら義母の動線をたどっていると、
なんだかおかしな気分になってくる。
義母が切り刻んだ赤い糸。
これはもしや、私の小指の赤い糸?
道に迷ったヘンゼルとグレーテルが、目じるしのパンくずを辿って歩くように、
バラバラになった自分の運命の糸を必死でかき集めてまわる…

んなわけないじゃーん!!!

こんな妄想を抱くのも、きっと低気圧のせいだ。

 

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物忘れ外来

驚いたことに、義母が自分から、認知症の検査を受けたいと言い出した。
探し物がちっとも見つからない。
ここ数日は、探し物ばかりしている。
そんな自分が不安で仕方がないのだと言う。
確かに傍目にも、義母の物忘れはじわじわ進行しているように見える。
だが、急いで検査を受けなければならないほど、新しい変化や兆しが見られるというほどでもない。
まだ、“いつものこと”で片付けてもいいような段階と、私には思われた。
ただ、近い将来、病院で受診する必要も出てくるだろうから、そのときにはどの医療機関にかかるべきかということには、考えを巡らせているところだった。

「心配なんですか?」と尋ねると、素直に頷く義母。
「ねぇ、認知症を診てもらうのって、どこの病院に行けばいいかしら?」という義母の言葉に、
2、3の医療機関の名前が頭には浮かぶものの即答は避け、
近いうちにケアマネさんに相談してみることを約束し、その場は終わった。
できるだけいい形で、今後の通院につなげていきたいと思ったからだ。
今、検査を受けても、おそらく認知症とは診断されないだろう。
認知症が発症する前段階の軽度認知障害(MCI)というところに
義母は来ているのではないか と私は考える。
MCIとは、認知症と似た症状が出ているものの、日常生活には支障がなく、まだ認知症にはなっていない状態のことで、つまりは健常と認知症の中間、グレーゾーンだ。
MCIの人がすべて認知症になるわけでもなく、その10~15%が一年以内に認知症へ移行していくというデータがあるらしい。
そんなきわどいところにいるのかもしれない義母であるから、
機を見て病院にかかることはとても重要だ。
緊急を要するような事態ではないとしても、
本人が受診したいと言い出した今が、いい契機であるのかもしれない。
これは、慎重に、うまく事を運ばなければ!

そんな私の思いとは裏腹に、思い立ったらじっとしていられないのが義母である。
さっさと自分でケアマネさんに電話をかけて「物忘れ外来」がある病院を聞き出し、その病院へ問い合わせをし、2日後の朝8時にはすっかり身支度を整えて私の前に現れた。
「今から物忘れ外来に行ってくるわ!」と言う義母には、意気込みすら感じられる。
え、今ですか!?
やっと子どもを学校へ送り出したところで、なんの用意もない私。
さすがに年寄り一人で受診させるわけにもいかないから、
私もいっしょに行きますと、あれほど言っておいたのに。
「いいのよ、一人で行けるから。大丈夫よ!」と強気の義母。
そりゃあ、歩いてでも行ける距離の総合病院。
行けるには行けるだろうけど。
だからって、一人で行ってどうするの!

再度の説得も虚しく、結局義母は一人で出かけてしまった。
「行ってくる」と彼女が言い出した時から、そうなることは私にはすでに分かっていた。
こんなとき、絶対に人の意見を聞き入れない義母。
自分の思うようにしなければ気が済まない義母。
もう好きにすればいい!
とはいえ、せっかく降って湧いたような受診チャンスだったのに。

落胆する気持ちを抑えきれない私は、落ち着かないまま半日を過ごした。
初診の診察は待ち時間も長いことだし、いっそ今から追いかけて行こうか?と思わないでもなかったが、「一人で行く」と言って聞かない義母と、また同じやりとりを病院の待合室で繰り返す気にもなれない。
コウノメソッドについて書かれた、学習図鑑のように大きくて重たい書籍を抱えては家の中をウロウロし、病院での義母のことをつい想像してしまう。
自分が認知症なのではないかと疑う老年女性が、果敢にも単身で病院に乗り込む。
どんなことがあって、どんな不安を感じているのか、
どうやって受診に漕ぎつけ、今ここにいるのか、
訊かれたことも訊かれないこともどんどんしゃべり、
さぁ、こうなった今は何も隠すことなどない、思う存分調べてほしい と、一見もっともらしい理屈を繰り広げる元気そうなばあさん。
迎え入れたドクターは、ふん、ふんと話を聞き、それでは と、ごく一般的な検査をする。
長谷川式かなんかの認知症スケールと、CTかMRIの画像検査。
そして、大丈夫です、異常はありません、これだけしっかりしていれば大丈夫!と言って笑顔で送りかえす。
あぁ、よかった、安心した と帰宅する義母。

私が心に思い描いたシナリオは、ほぼ正確に当たっていた。
さっそく方々へ電話をし、自分の新しい体験を興奮気味かつ自慢げに話す義母の声を聞くともなく聞きながら、やっぱり一緒に行くんだったとため息の私。
もし同行していたら、SPECTやPETなどの検査についてもドクターに訊いてみることができたのに。
これらの検査では、従来のCTでは分からない脳の血流や代謝の状態を画像で見ることができ、脳細胞が機能しているかどうかがわかる。
つまり、脳の萎縮が始まる以前に、異変を察知することができるのだ。
そうなれば、MCIの段階からの治療の可能性も出てくる。
せっかく大きな病院を受診したというのに、
なんの実りもないままの現実に、大きな後悔を残すことになった。
こんなチャンスは、次はいつ訪れるのだろう。

義母の受診から2週間が過ぎ、ケアマネさんが月に一度の定期訪問で我が家にいらっしゃったとき、物忘れ外来の話題になった。
「で、結局、病院には行かれたんですか?」とケアマネさん。
「いいえ、行ったことはないの」と義母。
見えない何かが部屋の真ん中を通り抜けたように沈黙が流れ、
背筋が凍る思いの私である。

 

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無自覚

自覚のないのはいちばんいけない。
自分の行いをきちんと認識するところから、
反省は生まれる。
感謝の気持ちも生まれる。
己を正すことで成長し、
生活や活動が向上し、
また他者との信頼関係も育っていくというもの。
自覚がないというのは悪気はないということなのかもしれないが、罪がないということにはならない。
ずっとそんなふうに思ってきた。

義母は以前から、自覚に欠ける人であった。
この人にこんなことを言ったら、相手はどう思うだろうか。
この状況でこんなことをしたら、事態はどういう方向に向かうだろうか。
そういったことにまるで無頓着に、言いたいことを言い、やりたいようにやる。
そして、どんな結果を招いたとしても、その原因に自分が関与していることなど全く気付かないのである。

義母のそうした自覚のなさは、見事なまでに終始一貫している。
それは何か特別な意味のある場面だけでなく、日常の些末な行動の一つ一つにまで表れ、義母を取り巻く人間関係を複雑なものにし、周囲の人間の予定や段取りを狂わせる。
例えば、電話の横に置かれたメモ用のボールペン。
どんなにたくさん用意しておいても、私が使おうと思ったときには一本もない。
確かにここにあったはず…という郵便物が消える。
食卓でいつも使っているスプーンの数がなぜか足りない。
それらはすべて義母の手を経由して別の場所へと運ばれたのだ。
いくら義母本人が知らないと主張しても、義母の着ているエプロンのポケットや、自室のあちらこちらからそれらがごっそりと出てくるという事実がすべてを物語っている。
いつだったか、子どもが図書館で借りてきた本が見当たらなくなったと言って義母の部屋に入っていくのを見かけた。
いくらなんでも、そんなのまでおばあちゃんのわけないじゃない!と止めに行った私は、義母の部屋から出てきた息子が、探していた本を手に、勝ち誇っているのを見て、目を疑った。
「なんでここにあるのかしらね~?coldsweats01」という義母の言葉をそのまま信じるならば、本当に自覚なくものを触り、自覚なく持ち去っていることになる。
わが義母さまの無自覚は、ただの無神経で考えなしの人という枠を飛び越え、自分の言動の意味を全く解していないという謎の境地に達しているのである。

そんな義母の日常は、ハプニングにまみれている。
花瓶に水をくんで運べば、必ずといっていい頻度でこぼす。
しかし、自分がこぼしたという自覚がないので、「あら?なんで水がこぼれているのかしら!?花瓶に穴が開いてるのかしら!」なんてことを堂々と言ってのけ、周囲を唖然とさせたり。
またある日の深夜には、「なにか、人の声がするの…」とおびえた表情で私たちを起こすので、不審者でも侵入したのかと慌てて見に行くと、なんのことはない、ラジオが鳴っているだけだったり。
たぶん、自覚なくスイッチを触ってしまったのだろう。
今日も、自覚なく操作して携帯電話の防犯ブザーを鳴らしてしまい、解除ができずにオロオロする義母の姿があった。
「へんねぇ。なにもしてないのに…」という義母のその言葉を、今となっては家族はだれも信じない。
義母の部屋のエアコンも、時々リモコンの設定を確認しないとめちゃくちゃなことになっているし、子どもたちがおばあちゃんに持ち物や体を触れられるのを嫌がるのだって、おばあちゃんが水を触ったまま手を拭かないからだということに、本人は全く気づいていない。
いつもどんなときにも、自分は何もしていない!何も悪くない!と言い切る義母。
もし本当にそう思っているのだとしたら、義母にとって日常生活は、限りなく不可解な、そして困難に満ちたものとしてその目に映っているのかもしれない。

先日、義母の介護認定調査があった。
市から派遣されてきた調査員の方に義母のことをいろいろお話する中で、さまざまな面での衰えを再確認する機会となった。
私にとっては最初からちょっと困った存在であった義母ではあるが、ゆっくりと、しかし確実に老いは進行している。
義母は他人の前では饒舌になり、あることないこと話し出すようなところがあるので、担当のケアマネさんの配慮で、調査のときには本人が同席しての聞き取りとは別に、本人は席を外して家族のみでの聞き取りの場を設けていただいている。
そうでないと、実際の様子をお話しすることが難しいからだ。
もし調査が義母の口車に乗せられたまま進んでしまったら、正確な判定は下されず、せっかく週3回のペースで通えているデイケアサービスも継続できないことになる可能性もある。
だからといって本人を前に失敗談を並べるのはこちらとしてもできないところであるし、それこそ無自覚にやってしまっていることを指摘されては、あの義母が素直にそれを認めるとも思えない。
その後の修羅場を想像するだに恐ろしい。
義母にとって、自覚のないことはすなわち、「なかったこと」なのである。

今後、彼女の身により色濃く表れてくるであろう認知症というものは、まさに己の言動に無自覚になっていく病なのだと思う。
うまくいかないことがあったり、少々おかしなことをやったりしていても、自覚があるうちはまだいいのだ。
本当の問題は、本人が無自覚にやっていること、気付くことができない部分にこそある。

「このごろね、自分が何をしているか、ふっと分からなくなるときがあるの」
調査の折りに、義母が自分で言っていたことだ。
その言葉の半分は、私って無力な年寄りなの…大切にされたいの…というアピールに違いないが、でも半分は年老いていく自分自身への不安という正直な気持ちの吐露でもあると思っている。
家族の側も、義母の無自覚な行動に対する認識を改めていく時期に来ているようだ。

 

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抗争終決(後)

(このお話は、前回のつづきです)

家中に新聞があふれかえる生活が、3か月延長されることになりました。
そのことにうんざりするよりも、むしろY新聞の販売方法に対する不信が大きく膨れ上がり、問題の中心に位置していました。
怒りに突き動かされた私は、迷わず販売店に電話を入れました。
もちろん、文句を言うためにです。

あれほどお断りしたのに、これはいったいどういうことですか!と感情をぶちまける私に、

「こんなにいろいろ品物をお付けできるのも、今だけなんですよ~
今契約していただくと本当にお得なので、こちらとしてもお勧めしているわけでして」
薄ら笑いを浮かべて(←想像) 対応する販売店。

そんなのいらないので、全部持って帰ってください!などというやりとりがひとしきり行われ、だんだん頭が冷えてきた私は、契約した3か月だけは新聞をとるが、その後は我が家への一切の営業活動をさし控えてもらうという約束を取り付け、電話を切りました。
その間、義母はといえば、いつもの威勢のよさはどこへやら、契約を断り切れなかった後ろめたさと、景品に目がくらんだ気まずさで、いつになくオロオロしておりましたsmile
それにしても、なんという卑劣な手口でしょう。
いくら性格は悪く意地汚いところのある義母であっても(すみません、勢いに任せて本音がsweat01、情にもろい一面もあり、困っている人を見るとつい助けてあげたくなって大口をたたいてしまうような、憎めないところがあります。
年を取って、昔よりは頭だって少々ゆるくなってきている高齢者を相手に、泣き落としだの、景品をずらーっと並べて強引に契約を迫るだの、そんなことを許していいのでしょうか。
ものに釣られるほうも釣られるほうですが、契約を取るためならどんな手を使ってもいいと考える人間の方に、たちの悪さを覚えます。
あとになって知ったことですが、景品表示法により、新聞業における景品類の提供には制限があることが定められています。
それによれば、契約に際しての景品は購読料(最大6か月)の8%が上限とされているのです。新聞公正取引協議会サイト 参照
我が家に持ち込まれた景品の量は、明らかに違法ということになります。
新聞の勧誘に関わるトラブルはよく耳にするところですが、アンチを作るような営業方針は企業として得にはならないということを知ってもらいたいものです。
現に、このことがあってから、私は、Y新聞が大嫌いになりました。
新聞自体にはこれといってなんのこだわりもないですが、自分からY新聞を買うことは一生ないでしょう。

私がものすごいエネルギーを使って怒りまくった甲斐もあってか、そのときの契約期間の終了をもって、Y新聞はあっさりと手を引いてくれました。
今度こそもう大丈夫!とすっかり安心し、契約をめぐってゴタついたことも意識から遠ざかっていた、そんなある日。
あろうことか、再びY新聞の配達員を名乗る人が、突然、私の目の前に現れたのです。

「明日から配達って、そんなはずないですけれど。なにかお間違えではないですか?」
だって、うちにY新聞は出入り禁止ですもの!
不快な記憶をよみがえらせた私の強い口調に、配達員さんはたじろいだようです。
「いえ、間違いはない… と思うんですけど… えーと、これが契約書です」
見せてもらうと、署名欄には義父の名前。
筆跡はおそらく義母のものと思われます。
配達員を玄関先で待たせたまま、義母に確認したところ、初めはとぼけていた義母も契約書を見せられては逃げられず、「あらー、じゃサインしたのね、私… あははcoldsweats01
あはは じゃないわよ…
何回やったら気が済むのー!!annoyannoyannoy

とにかく、それまでのいきさつを全く知らないらしいその配達員さんに事情を説明し、契約をキャンセルにしてほしいと伝えました。
しかし、クーリングオフの期間も過ぎていて、それはできないと言われてしまいました。
その配達員さん自身の社内での立場もあるのでしょう、その方はとても困った様子でしたが、こちらもそのままおとなしく引き下がるなんてできません。
前回だってこちらが折れて契約を履行したのですから、今回は意地でも一矢報いなければ!
そんな思いで話し合った結果、キャンセルはできないけれども契約を先に延ばすということになりました。
A新聞との契約が切れる時期に、Y新聞の契約を入れる。
キャンセルできないのは不本意ではありますが、双方の言い分を汲み取った折衷案として、そのへんで手を打ったほうがいいと判断しました。

つきましてはその時期ですが、新聞の契約はそれまですべて義母まかせになっており、A新聞との契約内容がはっきりしませんでしたので、直接そちらの販売店に確認しましたところ…
なんと、その時点から7年半先まで、契約をさせられてしまっていたのでありました。
正直、その事実にも軽く衝撃です… shock

その後、Y新聞の配達員さんが再びやって来て、あらためて契約をし直したわけですが、
「7年半も先でいいんですか?」ときく私に、
「かまわないですよ」とにっこり。
そして、こっそり耳打ちして言うことには、
「こんなこと言うのはナンですが、もしも…ですよ、その間に契約者の方がお亡くなりになったりした場合には、キャンセルができますから」
月日は流れ、その「もしも」の話は現実となりました。
義父の名前で結ばれた契約は、このたびめでたく無効となり、私の7年越しの溜飲もやっと下がる思いです。
きっと義父も、いまごろ草葉の陰で、ほっと胸をなでおろしていることでしょうconfident
この先、義母がもっと悪質な詐欺に引っかかったりしないよう、どうぞお見守りください と仏壇に手を合わせる私です。

 

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抗争終決(前)

長いことくすぶり続けてきた問題が一つ、解決しました。
shineshineあー、スッキリsign01shineshine

今振り返っても、私のこれまでの人生で、腹が立ったことワースト3に入る出来事です。
それはちょうど7年ほど前のことでした。
インターホンのベルが鳴り私が玄関に出てみると、初めて見る人が立っていました。
「こんにちは!Y新聞です。明日から配達させていただくので、ご挨拶に伺いました。」
愛想よく笑うその方は決して悪い印象ではなかったのですが、私は訝しく思って言いました。
「え。そんなはずないですけど。なにかお間違えではないですか?」

そのとき私がそう言ったのは、過去に、あるいきさつがあったからです。
話は、さらに1年ほど前にさかのぼります。
我が家ではずっとA新聞を購読していたのですが、ある日気づくとA新聞とY新聞が重複して入っておりました。
不思議に思って義母に尋ねたところ、Y新聞の勧誘の人が来て契約が取れずに困っていると泣きつかれ、かわいそうになってつい契約してしまった ということでした。
「3か月だけよ」という義母の言葉に、お義母さん乗せられちゃいましたねsmileと内心は苦笑いしつつも、そのときはべつになんとも思っていなかった私。
新聞代も義母が自分のお金で払うと言うし、どうということはありませんでした

、半月もすると考えが変わってきました。
もともと取っていたA新聞の販売店からは朝刊と夕刊にスポーツ新聞、そこへさらにY新聞が加わって、それぞれに折り込み広告やらなんやらが… となってくると、ものすごい勢いで古新聞がたまります。
なにせ、全部、毎日来ますからね~sad
義母は片づけるということを一切しませんので、あちこちに読み散らかしてある新聞や広告を集めてまとめるのも、ゴミ出しするのも、私か夫の仕事です。
そんなことに煩わされるうちにイライラも募り、
いったいこのうちは、
どんだけ新聞とってるのー!!annoyannoyannoy

と、声を大にして叫びたくなる始末。
だいたい、経済新聞とか地方新聞ならともかく、同じような新聞を二つ取るのは一般家庭には無駄というもの。
そんなわけで、契約期間の3か月が過ぎるのを心待ちにしていたわけです。

ところが、ことはそう簡単には終わりませんでした。
契約期間が終わりに近づいたころ、その販売店は新たなセールスを仕掛けてきました。
ま、相手も商売ですからね、せっかくつかまえた新規の客をそう簡単に逃す手はないということでしょう。
「この後も、ぜひ継続でお願いできませんか?」と、まず、電話がかかってきます。
ちょうど義母は不在で、電話口に出た私は、きっぱりお断りしました。
義母に継続の意思がないこともすでに確認済みの上です。
それでも相手は食い下がってきます。
「今なら、発泡酒1ケース、お付けします!このキャンペーンも今月いっぱいなんですよ~」
いーえ!結構です!!間に合ってます!!!angry
「そこをなんとかなりませんかね~」
断っても断っても執拗に契約を迫ってくる相手にだんだん腹が立ってきた私は、Y新聞なんぞ絶対に取るものか!と鼻息を荒くするのでした。

でも実際、電話で私がいくらお断りしようとも、新聞の契約をしたのは義母であって私ではありません。
先方のターゲットは、あくまで義母でした。
電話がダメなら… と、敵は今度は出向いてやって来ました。
発泡酒の箱を引っ提げて。
義母さま、あやうし!
義母は気の強い性格ですが、どこか人前で調子のいいところがあり、こうしたセールスを断り切れないので心配です。
しかし、セールスマンが玄関に辿りつく少し手前で、その場にちょうど居合わせた夫がこれをブロック!
敵さん、すごすごと退散していきました。
夫くん、グッジョブ!good

これで、危機は乗り越えた。
私も夫もそう思っておりました。
それなのに~!
まだ続きがありました。
数日後、夫と私が外出から帰ると、出かける前にはなかった怪しげな品物の山…。
おびただしい数の洗剤やタオル、お米に発泡酒もあります。
留守にしている間に、笠地蔵でも来たのか…?gawk
義母に確認しますと、Y新聞をさらに3か月契約したのだそうで。
やっぱり というかなんというか…sweat02
まんまとしてやられたのでした。

次回につづく・・・

 

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