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いやなやつ ~The harmful teacher ~

人間関係にもいろいろあるが、子どもを通しての人間関係というのはまた独特な煩雑さをはらんでいる。
親の人間関係が、直接または間接に、子どもの人間関係に影響を及ぼすことがあるからである。
いわゆるママ友間のトラブルというのもよく耳にするところであるが、幸い私はそういったものに巻き込まれることもなく、風通しのいい環境でこれまで過ごしてきた。
子どもの年齢が上がるにつれ親子関係も変化し、だんだん子どもがらみの付き合いから親は解放されていく。
それは少しばかり寂しいことではあるものの、ほっとするところもある。
ところが、そんな私に予測もしなかったトラブルが降りかかった。
下の息子も中学生になった今ごろになって現れた非常に厄介なその相手は、なんと子どもの学校の先生だった。

私だって一通りの常識とか良識とかいうものを持ち合わせた人間と自負している。
わが子が学校でお世話になっている先生であるならば、どの先生にもそれなりの礼を以て接してきた。
時にはそのやり方に多少の異論があったとしても、それぞれの先生の考え方を理解するよう努めてもきた。
私自身、若いころに教員の世界を覗いた経験があり、教員の立場で多くの子どもたちを指導する苦労はわかっているつもりだ。
しかし、どうにも歩み寄ることのできないゆゆしき事態がわが子の周辺で起きていることを知ってから、学校というものに対する私の信頼は強い衝撃とともに打ち砕かれたのだった。

彼が裏表のある人間であることに、早くから気が付いてはいた。
もちろん、普段の様子をべったり張り付いて見ていたわけではないけれども、ある程度の時間があれば一人の人間の人となりというのはおのずと伝わってくるものだ。
表面的には調子がよくても、言葉に実がないこと、言動に矛盾があること、ふとしたときの反応や表情などにも、その人の本性はよく現れ出ていた。
いつもの自信に満ちた態度に反して、実際の指導力に欠けていることなどは、ちょっと見ればすぐわかる。
子どもたちの信頼を得ていないことからも、それは明らかだ。
一般に先生とは敬うべき存在であるが、それはその人が先生だから敬うのではなく、その先生が尊敬できる人間だから敬うのだ。
健気にも子どもたちは彼を先生と呼んだ。
しかし、少なくとも今の私は、彼を先生などと呼びたくはない。
学校で子どもたちを教え導く立場の者としてふさわしいとは言い難い人間が、先生などと呼ばれていい気になっていることに、憤りさえ感じる。
子どもの学校の先生をしているからと言って、親である私は彼の生徒ではないのだから、そう呼ばなければならない理由もないのだ。
役職名で呼ぶというのなら、○○教諭と呼ぶのが正しい。

子どもの人権や学ぶ権利は、侵害されてはならない。
学校でのいじめや体罰が社会で大きく取り上げられ、決して軽んじてはならない問題とされている。
そうした問題の防止や対策への取り組みについて、学校現場へも厳重に申し渡しがされているはずである。
そんな時代にあっても、本人に非のないことでいつまでも嫌味を言い続け、一人をじーっと睨みつけたかと思えば、みんなの前で無視したり、あるいは恥をかかせて嗤ったりと心無い行動をくり返し、又そのときの気分によって暴言を吐き散らすのは当たり前、気に入らない生徒には能力に見合った課題すら与えず、更には揚げ足を取ったような理由で罰を与える というようなことをしてはほくそ笑んでいるような教員がいるのである。
殴る蹴るなどの身体を傷つける行為はせず、本人としては体罰に当たらないギリギリセーフのところでやっているつもりだろうが、とんでもない!
これは教員の立場を利用したパワーハラスメントであって、完全なアウトである。

平成25年5月に、文科省は運動部活動の在り方に関する調査研究報告書をまとめた。
その中には、部活動での指導のガイドラインが含まれ、体罰等の許されない指導と考えられるものの例が明記されている。(*)
それによれば、人格を否定する発言や言葉や態度による脅しも体罰同様、適切な指導とは認められない。
このガイドラインをもとに、各地の教育委員会が独自のガイドラインを作成する動きも活発で、暴言を処分対象とする自治体も増加している。

Photo_2             *「運動部活動の在り方に関する調査研究報告書」より

また、同年に成立、施行されたいじめ防止対策推進法は、児童生徒間のいじめについて規定したものだが、そこには教員によるいじめという観点は存在しない。
教員とは本来、生徒をいじめるはずのない人間であり、パワハラ教師などというものは常識的にはまったく論外の、あり得ないものだ。
つまり、教員によるいじめや虐待は生徒間のいじめ以上に悪質と言えるし、また、信用失墜行為に該当することから地方公務員法33条の規定にも反する。
子どもの人格を否定し、尊厳を傷つけ、活動する権利をも奪うパワハラ教師を私は絶対に許すことはできない。

学校というのは非常に閉鎖的な場で、学校内で起きたことは当事者以外には見えにくい。
適当に言い繕っておけばバレないとでも思っているのだろうが、事実がある以上、言い逃れなどできはしない。
彼は完全に子どもを見くびっているようだが、中学生だってバカではないのだ。
あるいは、自分は子どもたちに崇拝されているのでなにをしてもいいのだと病的な勘違いをしているのかもしれないが、子どもたちが逆らえないのをいいことに、指導という名目で不当ないやがらせをするなどということは、決してあってはならないのだ。
そもそも学校というところは教員のための場所ではなく、子どものための場所なのである。

私も教職員として数年間学校に身をおき、いくつかの学校現場を内部から見てきた。
教員にもいろいろいて、全員が人格者ではないことも知っている。
学校教育に夢のような理想を思い描いているわけでもない。
しかし、職業倫理に照らして、いや、それ以前に人間として、やって良いことと悪いことはある。
年度末、私はひそかに決意していた。
これ以上、黙って見ていることはできないと思った。
じっとやり過ごせばあと二年でわが子は中学を卒業する。
しかし、彼はその後もずっと、退職しない限り、今の仕事を続けていくのだ。
おそろしいことだと思った。
なにか重大なことが起きてからでは遅すぎる。
いや、外部の者の目にも見えるようなはっきりした出来事だけでなく、彼に関わった子どもたち一人一人の心にどれほどの影響が出るのかということは、それこそ測り知れないものがある。
闘わなくては。
しかし、彼も保身のためには巧みに立ち回るだろう。
私が怒って学校や教育委員会に怒鳴り込むことは簡単だが、下手に動いて仕損じれば、おそらくその反動は私ではなく子どもに向けられるだろう。
正攻法ではだめだ。
ここは慎重に事を運ぶ必要がある。
なにか方法を考えなければ。

そう思っていた矢先、年度がかわり、問題の教員は他校に異動になった。
私の目の前から諸悪の根源は消え失せた。
しかし、今もほかの場所で、彼は先生と呼ばれている。
表向きの笑顔を振りまき、「いじめはよくないぞ」ともっともらしく嘯く彼を思い浮かべてみる。
いじめはなくならない。
哀しいことだが、そう思う。
文科省がどれほど立派な理想論を掲げ、法や制度が整備されても、彼のような教員がいる限り、また、彼のような教員を容認してしまう環境がある限り、パワハラはなくならない。
そして、そんな腐った教育現場から、いじめを撲滅なんてできるわけない。

今、学校は大きな転機を迎えている。
教員の働き方改革の動きに加え、つい最近もスポーツ庁から部活動のあり方についての指針も示され、様々な面で話題にされることも多い。
そんな時代であるからこそ、学校教育本来の意義を見つめ直し、是非とも教員の資質向上に目を向けていただきたい。
人が人を育てるのである。

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コメント

なかなか 難しい問題ですね。

私は久しく学校と縁がないけれど、昔から問題教師はいたように思います。
生徒が心に深く傷を持たねば良いがと願うばかりです。

今でも、「中学時代の担任は変な先生だったわね!」と旧友と話題にすることも。今なら大変よね! 絶対訴えられるよね!と。
その先生は子供3人いたのに離婚し、卒業と同時に同級生と結婚しました。そしてその学校を追われました。
そのクラスの仲間は卒業後60年経っても、いまだに仲良しです。

投稿: お黒ちゃん | 2018年5月23日 (水) 23時48分

お黒さま、コメントをありがとうございます。

個人的には、学校の教員はいろんな人がいていいと思っています。
ただし、子どもたちを育てていく気持ちのない人間は、教員になるべきではありませんね。

変な先生自体は、いつの時代にもいますよねcoldsweats01
その先生と結婚された同級生のかた、幸せになったのかしらー???

投稿: さぼてんの花 | 2018年5月24日 (木) 20時52分

さぼてんの花さん、お久し振りです。

大変だったんですね。

子どもは担任選べませんもの。
次男君が一年間耐えながら過ごしていたのかと思うと可哀想でなりません。

でも、親の出方次第でさらに子どもに何かされるのではと考えますよね。
人質に取られているようにすら感じます。

能力もあり、努力している先生が、それでも子どもからの評価は低かったり、先生というのは、本当に大変な職業だなとは思います。
そんな中で、そういう人がのうのうと教師をしているのかと思うと許せない気持ちになります。

問題があって、異動になられた教師が、私の子どもの通う学校にもいました。本人はどう感じているのかわかりませんが、変わってくれる気持ちがないのなら、転職してもらいたいと思います。

投稿: クー | 2018年5月27日 (日) 22時13分

クーさん、お久しぶりです。
コメントありがとう。

本当にね、転職すべきと思います。
教職には向いてないわよ!angry

問題ある教員が異動になれば
とりあえずほっとしますが、
移動先でも子どもたちと関わるわけで、
結局また問題は起きるんだろうなと
思います。
それを考えるとモヤモヤします。

投稿: さぼてんの花 | 2018年5月31日 (木) 15時32分

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