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春なのに

子どもも中学生ともなれば生意気である。
とても生意気である。
いや、生意気なんていう言葉ももったいない。
小生意気なんである!

まぁ、親のほうもいけないと思うのは、ついベタベタ、手出し口出ししたくなること。
初めての中学校生活、あれはどうなの、これはこうなのといろいろかまい過ぎている。
上の息子のときよりも、下の息子に対しての方が、よりウザい母親に私はたしかになっている。
そういう自覚はあるものの、面と向かって「うるさい」と言われると、
ものすごく腹が立つのである。

冷静に考えれば、「うるさい」も思春期にはつきもの。
いつまでも母親べったりの男子というほうがどちらかというと問題があるのだろう。
ちゃんと年齢相応の成長段階に達していると思えばむしろ喜ばしいことではないか。
そんなふうに物分かりのいい母親ぶってみたところで、心の奥ではやはり淋しいのである。
子どもには、特に下の子には、いつまでも小さくて愛らしい子どもであってほしいような、子どもの成長を願う母親としてはどこか矛盾した願望が心に潜んでいる。
母にとっては最後の砦のような末っ子の存在。
あぁ、あなたまでどんどん大きくなってこの母から離れていくのね…
って! そりゃ、なるでしょ。
ならなきゃ困るでしょ!coldsweats01

実際、中学の服装に変わってから、子どものそうした傾向は顕著になったように思う。
最近までは親の目に無防備に晒していたLINEのタイムラインでの友達とのやりとりも、急に非公開設定にされてしまった。
まぁ、そうだよね と思うものの、急に壁を作られると、こじ開けたり乗り越えたりしたくなるのが母親っていう生き物なんである!

あぁ、母は哀しい。

その点、猫は違う。
猫は大人になっても猫である。
私の可愛いキジオは、大人になってもじーさんになっても、私の可愛いキジオである。
子どもは大きくなると小ナマ星人に生まれ変わってしまうけれど、キジオは私を裏切らない。
猫は癒しをくれる。
私にはもうキジオだけ。
仲良くしようね、キジオ。
満たされない気持ちを猫で満たすべく猫なで声で近づくも、いかんせん、キジオはだっこが嫌い。
並々ならぬ気配を察して、差し出した私の手からサッと逃れて行く。
猫にとっても愛情の押し売りはご免らしい。

あぁ、世の中春だというのに、やっぱり私はとても哀しい。

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コメント

うちの子も同じよ~な状況です。
なので私はまめちゃんに顔を埋めております。
ナノコちゃんもよろしくです。happy01

投稿: 猫畑猫麻呂 | 2017年4月14日 (金) 22時28分

猫畑さん、こんにちは。
親ってやるせないですねぇ…gawk

まめちゃんは優しい子でうらやましいです。
うちはキジオもナノコも
抱っこされるのは嫌います。
自分から来るのはいいみたいなんですけど、
勝手だなーgawk
ま、ナノコは食べ物チラつかせれば
とたんに態度が変わりますが(笑)

投稿: さぼてんの花 | 2017年4月15日 (土) 13時44分

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