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作文の思い出 (3)

私が中学3年のときの担任は、美術の教師だった。
太い黒ぶちのメガネに禿げ上がった額、後頭部にはクセ毛が無造作にはねており、たばこ臭い息を吐きながらヤニのついた歯をむき出して豪快に笑う。
いかにも、芸術家然とした風貌の、面白いオッサンだった。
痩せていたので実年齢よりも老けて見えていたのだろう。
教員の定年が60歳であるから、現役の当時はまだ50代だったわけだ。
今の自分がその年代に近づいていると思うと、ちょっと複雑な心境になる。

私たちは先生を、名字の一文字を取って「ハマさん」と呼んでいた。
ハマさんは自分を「ボク」と呼び、生徒を「キミ」と呼んだ。
そんなキザな印象の言葉も、ハマさんの口から出るとどことなくユーモラスに響く。
ハマさんの喋る口調は陽気で独特の味があった。
怒っていてもどこかおどけているような、また強烈な自分の世界を持っていながらもどんな個性も受け入れてくれるような、
ハマさんは、とらえどころのない、けれどもとても懐の深い先生であった。

美術の時間に、額縁の制作をしたときのこと。
それは、木製のパーツを四角に組み立てたものの表面に、自分でデザインを考えて彫刻を施し、ニスを塗って仕上げるというものだった。
私が彫刻刀で自分のデザインをほっていると、そばを通りかかったハマさんが「おぉ!」とわざとらしいほどの声を上げて立ち止まり、机の上から制作途中の私の作品を手に取ってみんなに見えるように高く掲げて言う。
「ちょっと見て!これはすごい。これはね、ちょっとしか彫らなくてもたくさん彫ったように見える。そういうデザインなんです。はっははは…」
せ… 先生~coldsweats01
それ、全然ほめてないですってば!sweat01
ていうか、図星ですsweat01sweat01
やっぱり、手を抜くと分かっちゃうのね…shock
それでも、取りかかってしまったからには、最後までそのデザインで貫いた私である。
そのときの美術の成績、どうだったんだっけ?記憶にはございません~^^;
と、まぁそんな感じで、どこまで本気でどこから冗談なのか、よく分からないハマさんなのだ。

前置きが長くなったが、ここからが作文の話である。
ハマさん学級では、班日記というのがあった。
クラスの席順で分けた班ごとにノートが渡され、班員が交代で日記を書く。
日記といっても内容はさまざまで、要するにかなり適当だ。
授業の提出物とは違うので、それこそ何でもありの、ゆるいものだった。
だから、ノートが自分のところに回ってきてもたいして心の負担にはならなかったし、あったことや思ったことを気軽に書いたり、書くことがなくても日ごろ感じていたことなどを楽しんで書いていた。

そして、ハマさんは各班の日記から毎週3つか4つの記事をピックアップし、それを学級通信に掲載した。
ハマさんがノートから記事をそのまま書き写した手書きの学級通信が発行された日は、帰りの学活の時間にみんなでそれを読む。
読む というか、ハマさんがそれを読み上げるのを聞く。
B4サイズの藁半紙に細かい字でびっしりと書かれたものを、コメントを交えつつすべて読むのだから、けっこう時間もかかる。
それでも、帰りが遅くなるなどと文句をいう生徒は一人もいなかった。
クラスの中の誰かの日常をつづった文章を読むというのも、その人の知らなかった一面が見えたりして、とても新鮮だった。

ハマさんの選ぶ文章は、すべてが名文というわけでもなかった。
中には、「今日は○時○分に起きて顔を洗い、○時○分に朝ごはんを食べた。○時○分に家を出て学校に行き、授業を受け、お昼に給食を食べた」というような、一日のタイムスケジュールを羅列しただけの男子の記事もあったりした。
しかし、それをハマさんが読むとミラクルが起こるのである。
独特のハマさん節に乗ると、ごはんを食べ学校に行ってお風呂に入って寝ただけの退屈な一日が、なんともいえないコミカルで愉快な色彩を帯びてくる。
夕飯を食べたというところに話が進むころには、爆笑の渦が巻き起こるのであった。
終わりまで読んでハマさんはコメントする。
「いや、素晴らしい!ボクぁ~、好きだなぁ」
クラス全員の拍手喝采を浴びて、それを書いた本人が一番びっくりしていたことだろう。

ハマさんの班日記は学級経営の一環で、作文の上達を狙ったものではなかったけれど、本来、作文指導とはこんなふうでなければならないのではないだろうか。
作文は書いて終わりではなく、必ず読み手がいる。
書き手は自分の体験や思いを伝えるために文章にするのだし、それがどんなふうに読み手に伝わるのかを見届ける必要がある。
そして、読み手はそれぞれに自由な解釈をするものだ。
書き手本人さえ気づいていないその文章の魅力を読み手側が見つけるとしたら、それはとても高度な学習なのだと思う。

あのころは、ハマさんをちょっと変わったおかしな先生だと思っていたが、今ごろになってその偉大さを知るのである。

 

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コメント

サボテンの花さん、こんにちは。

いい話ですね。あの当時は個性的な先生が多かったですし、私達もその個性を楽しんだりグチったりしていたものです。

私も子供の頃作文というか国語そのものが大の苦手でした。夏休みの宿題で作文などがありましたが・・夏休みの最後の日まで書けずに泣きそうになっていましたcrying

「ハマさん」先生を見ながら、忌野清志郎さんの「僕の好きな先生」と言う曲を思いだしてつい口ずさんでしまいました。

年齢を重ねて評価出来る先生も多いですよね。気づかないうちに沢山影響を貰って私達も育ったのですね。有り難いことです。

投稿: omoromachi | 2016年7月17日 (日) 17時35分

omoromachiさん、ありがとうございます。
本当に、あのころは個性的な先生が多かったように思います。
今の先生たちもとても熱心で楽しい方が多いですが、もっと強烈な個性というか、アクが強いというか(笑)
おっしゃるように、いろんな大人と関わることで知らず知らず影響を受けて、子どもは育つものなんですねconfident
清志郎さんの曲、聴きたくなりました。

それにしても、omoromachi先生も作文が苦手だったとは!
ちょっと安心してしまいました(笑)

投稿: さぼてんの花 | 2016年7月17日 (日) 22時40分

さぼてんの花さんこんにちは~
お久しぶり~paper
ハマさん先生めちゃ良い先生ですね。
だからさぼてんの花さんの文章はお上手なのね~。
私も小2の時の担任の先生に絵(クロッキー)を教わって絵が大好きになったの。
こう考えると先生って子供に与える影響大きいのですね。

投稿: タッタ | 2016年7月21日 (木) 00時41分

タッタさん、こんにちは。
お久しぶりですhappy01
そうですか~
2年生のときの先生、タッタさんの才能を引き出して下さった方なのかもしれませんねconfident
絵が大好きな女の子っていうのも可愛いなぁheart04
ほんと、先生の影響って絶大だから、それで人生が変わるってことだってあり得ます。
ま、私の場合は、ほらアレですけど…coldsweats01

投稿: さぼてんの花 | 2016年7月22日 (金) 13時30分

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