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2016年5月

思い出すもの

 *このお話は「旧友」のつづきです

SNSで高校の同期生とつながってから、いろいろ頭の中が忙しい。
押し入れから卒業アルバムを引っ張り出して眺めたりしているうちに、遥か彼方に霞んでしまっていた当時の記憶がだんだんによみがえってくる。
そのころの日常や級友たちの顔。
高校時代の全貌がすっかり明らかに とはいかないまでも、
さまざまなエピソードが断片的ながら思い出され、
ひどく懐かしい思いに駆られる。
思い出の中の自分はまぎれもなく花の女子高生。
気持ちまで若返る!(笑)
時々はこうやって過去を振り返るのもいいものだ。

しかし、そこでの話題は楽しいことばかりではない。
悲しい知らせもある。
今わかっているだけでも数人の同期生がすでにこの世を去っていた。
人生は人それぞれだとは思うけれど、そんな現実をあらためて突き付けられると動揺を禁じ得ない。
昨年末の思いがけない友人の訃報により、同期生は元気でいて当たり前という認識は打ち砕かれていたはずだったのに、ここに来て別の同期の訃報を知り、新たな衝撃に打ちのめされている私なのである。

Aくんは登山中の事故だったのだそうだ。
ことの成り行きを知る一人が、その2年前の出来事について語ってくれた。
私が全く知らなかったAくんの人生の物語がそこにはあった。
高校、大学と山岳部に所属していたAくんは、その後もずっと山に登っていたのだそうだ。
私にとってのAくんは、3年のときのクラスメイト。
席が近くて、よく雑談したのを覚えている。
何を話したかは忘れてしまったが、特に個人的なことを話すのではなく、たわいのない話だったと思う。
快活でおしゃべりなAくんは私の斜め前の席に座っていて、先生が教壇に立って話しているのを聞きながらクルっとこちらを振り返り、笑いながら一言、二言、ツッコミを入れる。
だからいつも私は、Aくんの合の手が入った先生の話を聞くことになるのだった。
あまり頻繁にAくんがこちらを振り返るものだから、もしかしてこの人は私のことが好きなの!?とあらぬ誤解をしてしまいそうだが、さにあらず。
そこにいたのがたまたま私だっただけで、もしほかの子がその席に座っていたとしても、Aくんは同じように後ろを振り向き、しゃべっていたに違いない。
今回Aくんの話を聞き、彼は山岳部だったのだっけ?と思うくらい、私はAくんのことをなにも知らないのであるが、当時の彼が楽しそうに話していた笑顔だけは記憶にしっかりと刻まれている。
そのAくんはもういない。

これまで、祖父母や親戚、知り合いの方が亡くなるたびに、遠くかけ離れたところにあった「死」というものが少しずつその距離を縮めてきた。
ここに来て、それが一挙に近くなったような気がしている。
人生の筋書きは最初から決まっているわけではない。
今を生きている私たちにその先のことは分からないが、いずれ必ず「死」はやって来る。
「死」を身近なものと感じるようになったとたん、私は「死」をこわいと思うようになった。
でもそれは、自分が死ぬことがこわいというよりも、自分が大切に思う人に死なれるのがこわいのである。
「死」によって大切なものを奪い去られることが、今の私にとってはなによりこわい。
そんなこわさに直面するくらいなら、いっそ自分が死んでしまった方が楽なんじゃないかと考えるほどである。
そして思うのは、私が死んでから、家族や近しい人たちが私のことを思い出すときは、できたら笑顔の私がいい。
私がAくんを思い出すときのように。
私の記憶の中のAくんは永遠に高校3年生のままだけれど。

これからでも遅くはない。
笑顔を心掛けて生きていこうと思う。

 

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予言

「5月17日に南海トラフ地震が来るっていう予言があるんだって!」
「ふ~ん。え?17日って明日じゃん!」
という会話がわが家のリビングで交わされたのが、昨夜の9時ごろだった。
子どもってどこからそういうネタを仕入れてくるんだろう。
いいから早くお風呂に入っちゃいなさい!と次男を追い立て、お茶を飲んでいると、不意にテレビ画面いっぱいに
緊急地震速報!大きな揺れに警戒してください
という文字が映し出される。
えぇーっ!! なんなのー!
警戒ったって、どうするのー! アワ((゚゚дд゚゚ ))ワワ!!
とりあえず、ガスの元栓をしめ、そして次に起こることを待つ。
1秒経過。2秒経過。3秒経過。
あれ、何も起こらないぞ??? と思ったとき、揺れが来た。
血圧、心拍が一気に上昇。
もうてっきり、「南海トラフ来たー!!!」と思い、パニック状態である。
けっこう大きな揺れがあったものの、地震はあっさりおさまり、冷静さを取り戻す私。
テレビに流れる地震情報で、震源が茨城県だったことを知る。
このあたりは震度3くらいか。
裸で風呂場から飛び出してきた次男と、南海トラフじゃなかったねと言葉を交わす。

毎度思うけれど、地震はこわい。
熊本の人たちはこの1か月、どれほどこわい思いをしてきたんだろうと改めて思う。
いちいち報道されなくなったが、今だって余震は続いているのだ。
2次災害の不安や被災者の生活や心のケア、復興への見通しなど、問題も山積している。
いくつものプレートの境界に位置する火山列島、日本。
ここでは地震は避けられないものなのだから、どこにいても他人事ではない。
しっかりとした対策が必須なのである。
頭では分かっているのに、しかし実際に直面しなければ意識の中ではどこ吹く風。
漠然とした不安はあるものの、目前の雑事に取り紛れ、心の片隅に追いやられてしまう。
そんな調子であるから、有事の際の準備などまるでできてはいないのだ。
テレビや携帯電話の緊急地震速報がこれまで何度か届いたこともあるけれども、その度にただオタオタするのみで、結局何もできやしない。
本当に大地震がきてしまったら、そのときどうするのか。
もしもとか、仮にとかじゃなく、例えばそれが今だったら、まず私の取るべき行動はなんだろう?
必要なものはなんだろう?
そんなふうに、具体的にシミュレーションしてみることはとても大切だと思う。
日ごろからそうやって心の準備をしておかなければ、なにかあったときにただ慌てるしかなくなることは明らかなのだから。

そういえば、次男の言っていた予言ってなにかしら?と思い、ネットで検索してみたのだが、
2ちゃんねるオカルト板に、2062年から来た未来人を名乗る人物の書き込みがあるのだそうだ。
過去にも、東日本大震災や先月の熊本地方の地震を事前に暗示するようなコメントも残しているらしく、ネット上では様々な憶測を呼んでいたらしい。
その未来人は、4月15日、熊本の前震と本震の間の日であるが、その日にネット上に現れ、「南海トラフ大地震に備えよ」と警告し、「5月17日にまた来る」と言っているとか。
ウソかホントかといったら、書き込んでいる場所が2ちゃんねるっていうあたりからも自明のことだと思うのだけども(^^;)
でも、地震が来たらどうするかということを実際に即して考えたりなど、防災意識を高めるという意味ではいいきっかけになるのではないかと。
次男だって昨夜寝る前に、「夜中にほんとに地震が来たら、ボクはどうしたらいい?ネコたちはどうするの?」と言い、家族の話題に発展したわけだし。
そういう意味ではグッジョブですよ、未来人さん。
 
 

 

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旧友

友人に招かれて、Facebookのグループに加わった。
高校の同期生数人からスタートし、同期生ならだれでもと口コミでメンバーを募っているグループである。
卒業して30年。
高校時代の友人たちとは、久しくご無沙汰している。
ドキドキしながら早速、FBを覗いてみると…
知っている人がほとんどいないという衝撃の事実。
大丈夫か?私…
自分の記憶力に不安を感じながらも、
450人くらいいる同期生のうち、グループに加わっている30人ほどが分からなくても、仕方がないんでないの と自分を励ます。

となると、距離の取り方が非常に難しくなってくる。
「初めまして」じゃないはずなんだけど親しいわけでもなく、
もし記憶の中にうっすらとでもお互いの存在を認識していたとしても、その程度のつながりで盛り上がれる共通の話題ってなにかしら?
同窓生というだけで無理につながる必要もない間柄であるからして、ほんと微妙なものである。
知らん顔してしまえばそれまでのSNSという場で、
それでも声がかかればつい覗きに行ってしまうのは
やはり望郷の念にも似た懐かしさ。
450人の同期生がいれば、それこそ450通りの生き方がある。
450もの人生が一つの場所に結集し入り混じっていた3年間。
そんなふうに考えれば、それは奇跡のようにも感じられる。
これまで自分は特別な愛校心など持ち合わせていないと思っていたが、こうして月日がたってみると、同じ時を共に過ごした仲間が、それだけでなにか特別な絆で結ばれた存在のようにも思えてくるから不思議だ。

場所を変えて、数人の女子メンバーだけでチャットした。
だいたい、女子は結婚して名前が変わっている人も多いんだし、
誰が誰だか最初は分からなくても、まぁ、当たり前。
第一、私のことだって、だれ?って思われているに決まっている。
それぞれが自己紹介していくうちに少しずつ記憶がつながって、
だんだん当時のことを思い出してくる。
そして、みんなが口を揃えて「男子がまるで分からない」と言うのを見て、
ちょっと安心する私。
当時のうちの学校は、女子生徒は全体の3割くらいだったから、
女子はわりと覚えているんだけれど。
仲良くしていたあの子やこの子もグループに加わればいいのにと思うものの、
実名登録が基本のFBであってもそう簡単に見つからない。
ま、それがSNS。
すべての人がアカウントを持っているとは限らないわけだし。

数人の友人の名前を検索にかけながら、ある友人のことを想う。
本当なら真っ先に検索を試みるはずの友。
彼女はとても明るく朗らかで、やさしい女の子だった。
人のよさがにじみ出た彼女の笑顔をよく覚えている。
高校を卒業してしばらくは連絡を取り合い、何度かテニスをしたりした。
そのうちお互い忙しくなって距離ができてしまったが、
年に一度、年賀状のやりとりだけは欠かさずに続けていたのだった。
すっかりご無沙汰していても、そのうち同窓会でも開かれれば
また会うこともできるんだろう。
そんなふうに思っていた。
ところが、昨年末に届いた葉書は、彼女との再会がかなわないものとなったことを私に告げた。
彼女のご主人名義で出されたその葉書には、
妻が47歳で永眠したと記されていたのだ。

そんなことがあるなんて!
いや、そんなこともあるのが現実なのだ。
“一期一会”という言葉が心に浮かんだ。
また会えるなんて安易に思っていたら、あとに悔いを残すこともある。

人生に悔いを残したくない なんていうことを、
私も考える年齢になったのだとしみじみ思いながら、
5月のさわやかな風に吹かれて空を見上げている。
 
 

 

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