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寿命のお話

そういえば、昔話の登場人物って、だいたいが年寄りと若者と子どもなんだわ。
ふとそんなことを思う。
お話に出てくるのは決まっておじいさんとおばあさんで、
つまり私たち、おとうさんおかあさん世代ではない。
なんで?
中年というのは中途半端で、なにをやらせても絵にならないってこと?
などとひがみっぽいことを考えつつも、ある事実に思い当たる。
今でこそ、人間特に日本人の平均寿命は伸びて80歳を軽く超えているが、昔はそんなに長くは生きられなかったのだ。
「今は昔」の時代の平均寿命を仮に50歳として考えると、
生まれた子どもは家と地域社会の中で育まれ、教育とか人間の生き方とかそんなことを考えることもなく、家業の手伝いやら生活の助けやら現実を生き抜いていくための力を養い、年頃になれば結婚し、子育てし、毎日の生活を実直に営んで、ふと気付けば30代から40代へ。
人生の幕が下りるまで、あといくらもないじゃないの!
40代がすでに晩年ということになると、おじいさん、おばあさんの括りに入れられたっておかしくはない。
なにしろ、そのころには普通に孫だっているのだから。
つまり、昔々のお話に中年層が出てこないのは、中年という年代が存在しないか、極端に限られた年齢層だったということなのか。
それにしても、なんとまぁ、忙しない一生涯であることよthink

…とまぁ、例によって極端なことばかり考えている私である。
平均寿命と言っても、なにもその年齢に達する前後に人がバタバタと死ぬわけではない。
昔の平均寿命の短さは、乳児死亡率の高さとの関連もある。
病気が流行したり、戦に駆り出されたり と逆らうことのできない状況の中で、予期せず失われていった命もあるだろう。
しかし、もし幸運に恵まれ、そういうことをすべてうまくクリアできたとしても、当時の生活習慣や住環境、食生活などを考え合わせると、やはり今のように長生きすることはかなわなかったのだと思う。
医療が発達し、兵に取られることもなく、個人の権利は尊重され、アンチエイジングなどと自然の摂理にまで逆らい、死に直面するそのギリギリまでQOLを保って行こうとする今は、なんとよい世の中になったのだろう。
平均寿命が延びることで高齢化社会特有の問題が持ち上がってくるという側面はあるものの、一人一人の人生に与えられる持ち時間は多いほうがいいに決まっている。

ところで、そもそも平均寿命とは0歳の人の平均余命のことであり、各年齢層ごとの平均余命を、毎年厚生労働省が統計から割り出して発表している。
ちなみに、平成26年簡易生命表の主な年齢の平均余命は以下の通りだ。

Screenshot_20150913160749_2
いわゆる平均寿命は、0歳の欄を見ればいい。
男性で80.5歳、女性で86.83歳だ。
では、例えば現在80歳の女性があと6年少々しか生きられないのかというとそうではなく、この表によれば平均余命は11.71歳、90代まで生きられる可能性も高いということになる。

では私の場合は?
家族は?
知り合いのだれそれは?
と、いろいろ気になる余命ではあるのだが、結局のところこの表から得られるものは目安でしかなく、一個人の人生を保証してくれるものではない。
周りに長生きする人が多いからといって、自分もそうだとは必ずしも言えないのが現実だ。
平均余命は、社会状況の一面を示す指標としての意義はあっても、特定の個人が何歳まで生きるかを教えてくれるわけではない。
現に、最近話題の人喰いバクテリアだとか、人間を死に至らしめる病気の恐怖はなくなったわけではないし、病原体となるウィルスだって刻々と変異を遂げる。
肺炎だってインフルエンザだってノロウィルスだって新型が見つかって、その度に巷では対応に右往左往しているし、今後どんな病気が現れ私たちを脅かすのかなど全く見当もつかない。
また、身近に起こる可能性の高いものとしては、さまざまな事故や災害がある。
近年続いている自然災害による被害が報じられるたび身につまされる思いだが、交通事故に至ってはそれこそほんとうにいつ見舞われるか予測が付かないわけで、
不慮の出来事におそわれる危険性は、昔話の時代だけではないのだ。

そんな不安をかかえつつも、総じて人間が長く生きられるようになったおかげで、私もミドルエイジとしての生活を謳歌させてもらっている。
そしていつの日か私が死んだら、その翌年発表される平均余命算出のデータの一部に反映されるわけだ。
そのとき自分の死がその年の死亡率の一部に数えられるのをこの目で確かめられないことを、なぜだかちょっと残念に思う、そんな今日は九月半ばの日曜日。
来週はお彼岸だ。

 

 

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コメント

そろそろ平均寿命とか平均余命という指標も良いですが、もうひとひねりした指標も出せないのかな?なんて思います。
即ち、平均健康年齢の指標です。
平均的に何歳まで病院のお世話にならずに健康的な生活を送れるのか。
基準・定義の設定が難しいですけどね。

投稿: 猫畑 | 2015年9月13日 (日) 22時53分

こんばんは。
25歳から今までずっと誰かの介護や看病を
してきた私は綺麗( ´艸`)に早く死にたいと
思っています。( ̄ー ̄)ニヤリ
この話を人にすると「今まで苦労してきたのだから
今にきっといいことあるよ」と言われます。
ならば「そろそろいいことあってもいいのに」って
思ってしまっています。。。ψ(`∇´)ψ
平均寿命の86歳・・考えたくないですね~。
可愛いおばあちゃん。。。絶対無理(笑)Σ(;・∀・)

投稿: | 2015年9月13日 (日) 23時40分

猫畑さん、こんにちは(^^)
ほんとうに、介護など人の手を借りずに、健康に快適にいつまでも過ごしたいものですね。
さて、健康寿命ですが、最近ではこれも厚労省から公表されているようです。
ちなみに、平成25年の数字で、男性71.19歳、女性74.21歳とか。
それぞれ、平均寿命との開きが、9.02歳、12.40歳となっていて、
3年前の調査よりわずかながら縮まっているそうです。
今後この差がどれだけ縮められるのかは、
私たちがどれだけ健康増進に努められるかにかかってるってわけですね。
でも、ま、一病息災なんて言いますから、
健康と不健康のライン引きも、すっごく微妙ですよねcoldsweats01

投稿: さぼてんの花 | 2015年9月14日 (月) 15時18分

舞さん、こんにちは(^^)
舞さんなら絶対かわいいおばあちゃんになると思いますけど!good
私たちが86歳になるころって、平均寿命はどのくらいになっているんでしょうね。
日本の高齢化社会はどこまでいっちゃうんだろう…
ま、そのときが来れば分かります。
お互い健康には留意して、これからの日本を見守っていきましょうsign03

投稿: さぼてんの花 | 2015年9月14日 (月) 15時27分

今日、彼岸花が咲いているのをみかけて
あ~そういやもうお彼岸だぁ~と思ったばかりです。
9月も早いなぁ~coldsweats01
昔、付き合いでどこかの占い師さんに見てもらったら
「晩年(は)すごくいい」って言われて、
ちょっと複雑でしたcoldsweats01
晩年、貯えがないから絶対いいわけないなぁ~coldsweats01
自分が80代まで生きてる想像が全くつきませんcoldsweats01
子どもたちに迷惑もかけたくないし。
とはいえ自分が好きな時にお別れってこともできないし
いつなにがおこるかもわかりませんもんね。
後悔しないように生きねばなりませぬね。
と、いいつつ日々後悔ばかり(笑)

投稿: ところん | 2015年9月14日 (月) 17時42分

ところんさん、こんにちは(^^)
彼岸花、うちのほうでも咲き始めています。
今年はちょっと早いですね。
いつもはお彼岸ぴったりくらいなのに。

晩年がいいって言う占い、
運勢が尻上がりによくなって先が明るいっていうのは
イイことなんですよsign03
うらやましいなぁconfident

ほんと、このまま80?90?まで と思うと
私も想像がつきません。
そのころまでここでこんなふうにつぶやき合っていられるといいですね!

投稿: さぼてんの花 | 2015年9月15日 (火) 10時29分

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