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なっちゃん

清涼飲料水ではない。
なっちゃんは私の古い友人だ。
先日、手紙を整理していたら、なっちゃんからの手紙が何通も出てきた。
社会人になって1年くらいまではやりとりしていた手紙もその後ふっつりと途絶え、
今ではどこでなにをしているのか分からない。
結婚していれば姓も変わっているのだろう。
ただひとつ確かなのは、同級生だったなっちゃんは、今も私と同じ年齢だということだけ。
だが、私の記憶の中のあのなっちゃんが40代になっているという現実が、どういうわけか今の私にはうまくのみこめない。
ブランクが長すぎて、想像がつかないのである。

なっちゃんは、5年生だったころ、同じクラスに転入してきたのだった。
そして、中学に入って間もなく、なっちゃんの家が再び引っ越してしまうまでの間、
私にとってなっちゃんは一番の友達だった。
家が近かったから?
席も近かったんだっけ?
話が合ったとか?
う~ん…(^^;)
おかしなことに、なっちゃんと親しくなった理由がいまいちよく分からない。
ま、ウマが合ったということなんだろう。
人間の相性なんてそんなものだ。

なっちゃんはとても頭のいい女の子だった。
授業の内容や新しい知識も、スポンジが水をふくむがごとくに吸収し、直ちに脳のデータベースにインプットしていく。
いろんなものがつまった福袋のようなごちゃごちゃの塊を袋ごと受け取り、
わかった、あとで見とくよ と言うタイプの私とは違って、
なっちゃんの頭の中のいくつもの引き出しは、いつでもきちんと整理されていた。
そんな「聡明」という言葉がぴったりの、それでいてとてもユニークな子がなっちゃんだった。

休み時間になると、なっちゃんはいつも筒井康隆を読んでいた。
クラスにはたいてい、教室で本を読むのが好きな女の子が一人や二人いるものだが、そういう女の子たちに共通の、物静かな というイメージがなっちゃんにはなかった。
どちらかというと活発でよくしゃべる。
特に、好きなもののことは熱く語る。
背も高く体格のいい早熟な女の子は、とにかく存在感があった。

なっちゃんが転校してから、しばらくは頻繁に手紙を書いていた。
筆不精の私であっても、親友が遠くに行ってしまったとあっては
さすがにマメにならざるをえない。
新しい学校で友達ができたよ と知らせてくるなっちゃん。
よかったね と返事を書きながらも、ちょっと複雑な気持ちだったあのころの私。
さすがにローティーンだったその当時の手紙は残っていないが、今も心の中にしっかりと刻まれている。
そして今回、なにより意外だったのは、私たちの文通が、だんだんと間隔があくようになりながらも、その後10年にわたって続いていたということだ。

私が東京の私大へ通っていたころ、彼女は関西の大学に進んでいた。
子どものころのほんの2~3年をたまたま一緒に過ごした以外、なんの接点もなかった私たちだが、
そのころの手紙には大学生活や就職活動のあれやこれやなんかが
つぶのそろった細かい文字でびっしりと綴られていた。
手書きの文字は、その人となりと重なる。
おそらく今も彼女の手は、同じ筆跡をこの世に刻み続けているのだろうと思うと、根拠のない近しさがこみあげてくる。

その手紙の文面からは、こちらからも近況を知らせていたことが読み取れる。
筆不精の私にしては上出来だが、いったい何を彼女に書き送っていたんだろう?
不思議なほど、覚えていないのだ。
覚えているのは、学生のころに一度だけ、彼女と会ったこと。
多分、やりとりしていた手紙の中で、今度会おうよ ということになったのだと思う。
彼女の手紙にそういう言葉はなかったので、私の方が言い出したのか。
それで彼女から電話がかかってきたような気もする。
久しぶりに会った彼女は、あぁなるほど という感じだった。
もちろん、女の子が成長とともに一番変わっていく時期をはさんでの再会であるのだから、変わっていないというわけではない。
ただ、私の知っているあのなっちゃんが二十歳になった姿としては十分納得できるというか、そういう意味では彼女の本質はまったく変わっていなかったということなのかもしれない。
そのとき私の目の前で、メンソールの煙草をくゆらせていたなっちゃんは、やはり私にはとても刺激的なひとだった。

彼女との音信が途絶えてから、二十数年の時が過ぎた。
人生のヤマ場がその間にいくつもあっただろう。
仲良しのなっちゃんがどんな大人になっていったのか。
自分の今の姿は棚に上げておくことにして、
とにかく今、私は猛烈にあなたに会いたい。

 

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

すごい!!
小学生の頃から10年も手紙のやりとりが続いていたなんて。
今の時代だったら離れても、メールやSNSで簡単につながってられるけど、以前はそんなツールもありませんでしたもんね。
中学、高校と友達もどんどん変化していくなかの10年ってすごいですね。
再会までしちゃうなんて。。。
小学生から二十歳、その子の本質は変わってないっていうのはなんだか嬉しいかも。
さぼてんの花さんのお話を聞いてたら、どうしてるかな?会いたいなって思う人が頭に浮かんできましたconfident
高校時代、科も違ったのになぜか仲良くなって、ほんのちょっとしか一緒にいる期間がなかったのにすごく印象に残ってる子。
あたしもすごく会いたくなりましたconfident

投稿: ところん | 2015年9月 9日 (水) 18時18分

そうなんですよね。
特に文通や年賀状などのやりとりをしていなくても、「あの頃のあの子(あいつ)、今どうしてるのかな~」なんてふと思うことがあります。
めったに開かれない同窓会に出ても来ていなくてがっかりしたり。。
なっちゃんに再会できるといいですね。confident

投稿: 猫畑 | 2015年9月 9日 (水) 21時47分

ところんさん、こんにちは(^^)
ほんと自分でもよく続いたものだと思います。
間はずいぶんとあいてしまったこともあったんだと思いますが、
でも10年も続いていたんだなぁとこのとき初めて気が付きました。
なのになんで途絶えちゃったんだろう・・・
ま、お互い忙しくなっちゃったのかなthink

ところんさんにもいらっしゃるんですね、会ってみたい旧友。
人と仲良くなるのってほんと不思議。
理屈じゃなくて波長なんでしょうねconfident

投稿: さぼてんの花 | 2015年9月10日 (木) 14時47分

猫畑さん、こんにちは(^^)
ありがとうございます。
子ども時代や学生の頃に学校で毎日いっしょに過ごした友達も、
大人になるとそれぞれの道に進んで
なかなか会うこともないですよね。
でも、同じ時を過ごしたことを、それぞれが別々の場所で思い出すことがあるとしたら、なんだか素敵だなって思います。
再会がかなって、それを語り合うことができたら、もっと素敵なんでしょうけどconfident

投稿: さぼてんの花 | 2015年9月10日 (木) 14時56分

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