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手紙

今日は半日使って、古い葉書きや手紙の整理をした。
人からもらった手紙というのは、どうも捨てにくい。
捨てられないのでたまっていく。
しかしながら、お菓子の空き箱などに詰められた何箱分もの手紙は、気が付けばここ10年、増えなくなっていた。
携帯電話やパソコンを持つようになってから、
手紙はEメールやSNSに取って代わられたためである。
そうやってふたを開けることもなくなってしまった手紙の箱は、
このまま取っておいても、押し入れの片隅でただ古くなるばかりでこの先どうしようもない。
思い切って処分しようと思い立ち、何気なくその中の一通を手に取る。
ぎゃ。
これ、宛名がまだ旧姓だわ!
思い起こせば18年前、
友人や知人からの手紙を手放すことができない私は、
それを嫁入り道具に忍ばせて今の自宅に持ち込んだのだった。

懐かしさにかられて、箱の中から次々と手紙を取り出しては読んでみる。
なんということもなく綴られた友人の近況報告。
友人のだれかの結婚披露宴で撮ったスナップを同封したものもけっこうある。
職場でご一緒したことのある方の退職の挨拶状や、
自分が職場を離れたあとに、仲のよかった元同僚からもらった手紙。
企業に勤めていたころ、OG訪問と称して就活中の大学生が訪ねてきたときのお礼状も出てきた。
そういえばそんなこともあった。
あのとき私は見ず知らずの後輩になにを話したんだろう?
手紙にはもちろん悪いことは書かれていないが、あのときの私の言動が彼女の就職活動の方向性を変えた可能性もある。
それを考えると、こわいな~(^^;)
ま、それももう20年以上前のこと。
時効。時効。

たくさんの手紙を一度に読むと本当によくわかるのだが、
手紙には人が出る。
内容もさることながら、便せんや絵葉書の選び方、筆跡、文面の語り口などそこかしこから送り手のその人らしさがにじみ出ていて、
それに対する親しみの感情は15年や20年くらい軽く飛び越えていく。
メールは確かに便利だけれど、手紙には手紙のなんともいえないよさがある。
利便性に富んだ電子書籍とは違う、本のよさと同じだ。
実物に手で触れてその質感を味わうことができる。

一つ一つ手に取って目を通しながら、お別れするものと残しておくものに分けていくうちに、私はあることに気が付いた。
かなりのことを忘れているのだ!
手紙に書かれたエピソードの中には、そんなことあったっけ?というものがけっこうある。
中には、この人だれだっけ?というものまであって、
つくづく、人間が生きていくということは、忘れていくことなのだと実感する。
こうして時間が経ってみると、かえってその当時の関係性というか、その人との付き合いの距離がはっきり分かる。
今もなお親しい気持ちの褪せない相手には、久しぶりに連絡を取ってみようか。
などと思うものの、急に私が連絡しても久しぶりすぎて相手も驚くに違いない。
特に仕事の関係で親しくなった人は、その職場を離れれば当然のように付き合いがなくなり、今では完全に音信も途絶えている。
手紙を読んで頭に浮かんでいるのは20年前のその人であって、
20年の時は、私同様その人にも流れている。
私のほうこそ、だれだっけ?って思われるかも。
「一期一会」っていう言葉もあるくらいだし、それに本当にご縁がある相手ならひょんなところで再会することもあるんだろう。

手紙はあとに残るからいやだという面もあるけれど、
残るからこそこうやって、大切な思い出の品にもなりうるのだ。
古い手紙を愛おしむ私のような人間は、
手紙のやり取りがなくなっていく世の中に、少しだけ危うさを感じている。
…なんてことを、筆不精の私が言っても説得力はないのだけれども。

 

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。私も実は捨てにくい物を実家においてあります。
それは、保育士時代の教え子からの絵、手紙。などなど。
ある時、考えて考えて思ったのが
私はクリスチャンなのでかな?
「今から燃やすものが神様のところに届くように」と。
かなり燃やしたのですが
ビデオレターや写真、ちょっと特別なものはそのままです。
※卒業生とかからのありがとうメッセージなど。
私が60歳くらいになったら断捨離出来るかな?(笑)

投稿: | 2015年9月 3日 (木) 23時40分

舞さん、おはようございます(^^)
教え子さんからの贈り物。
それは宝物ですよね!
舞さんご自身ががんばってきたことの証でもあると思います。
無理に手放すことはしなくていいと思いますけど、
全てを取っておくことも難しいのが「物」。
羽生結弦くんなんか、あの大量にもらうプーさんをどうしているんだろう?って思います(^^;)

投稿: さぼてんの花 | 2015年9月 4日 (金) 10時06分

私も手紙捨てられないで眠っています。
いざ捨てようと掘り出したらきっと読み返しちゃいます。
さすがに旧姓のはここにはないけど(*^m^)
実家には中学時代に友達とやりとりしたノートの切れ端の手紙まであります。
それこれ何十年も眠ったままでcoldsweats01
さぼてんの花さんのブログを読んでたら、
実家に行ってちょっと読み返してみたくなっちゃいました。

投稿: ところん | 2015年9月 4日 (金) 19時52分

何度も何度も手紙を処分しようと試みたのですが、
結果、殆ど手元に残ってしまうのです。
手紙には不思議に人間性が出ていて、瞬時にその時代にもどる力があります。若くて元気な友人と自分。
懐かしくて捨てられないのです。特に亡くなってしまった人の手紙は捨てられません。
最近は本当にメールでは失礼な時だけ手紙を書きますが、あとはメールだの、ラインだのになってしまいました。
これからはもっと手紙を書こうと思います。

投稿: お黒ちゃん | 2015年9月 4日 (金) 21時48分

ところんさん、こんばんは(^^)
ノートちぎって書いた手紙、ありましたね~sign03
懐かしい・・・
たたみかたなんかもありましたよね!
私はそのへんのはお嫁に来るとき手放して来た・・・はずだけど、
まだどこかにあったらどうしよう?(笑)
で、その当時、わりと最近と思うものを持ってきたんだと思うんです。よく覚えてないけどcoldsweats01
今回も、はじめはまるごと捨てようと思ったんですけど、
読み返すとやっぱり捨てられなくて。
結局、3分の1いや半分近くはまだ手元に・・・
ま、少しは減らしたからいいですよねwink

投稿: さぼてんの花 | 2015年9月 5日 (土) 22時24分

お黒ちゃんさま、こんばんは(^^)
そうなんです。
手紙って瞬時に連れていかれますよね、その当時に。
今になって読み返してみると、
もらったそのときよりもむしろ強烈にメッセージが伝わってきて、あぁ私、こんなにたくさんの言葉をたくさんの人からもらってきたんだわ なんて、感無量になりました。
それに記事のなかにも書きましたけど、
ほんとにすっかり忘れていたこともいろいろあって、
この手紙を読み返さなかったら思い出すこともなかったかもしれない・・・
そう思うと、手紙が自分の一部のような気さえしてきます。
どうやっても簡単には捨てられないですねーconfident

投稿: さぼてんの花 | 2015年9月 5日 (土) 22時39分

私もお菓子箱に入っていますよ。
転勤が多かったので手紙のやり取り・写真はかなりの量になっています。
読み返せば本当にその人の顔や人柄を思い出しますね。
私が捨てられない手紙の中に母からのものが沢山あります。
遠い国にいる娘と孫を想って沢山の食べ物やおもちゃと一緒に短い手紙が必ずついていました。
帰国してからも誕生日にだけ送られてきます。
まだ生きていますが、読み返すと涙が出てきます。
手紙にはメールやラインにはない、筆跡や行間に漂うもの
を感じることができますものね。
私も整理したいけど、捨てられないかなぁ・・


投稿: タッタ | 2015年9月 5日 (土) 23時05分

タッタさん、こんにちは(^^)
やっぱりお菓子箱ですか!
おんなじですねshine
転勤が多いって、いろいろたいへんでしたでしょう。
海外にもいらっしゃったんですね。
お母さまの思いのこもった手紙かぁ…
素敵な母娘ですねconfident

メールやSNSは便利で私も使っていますし、
ブログにこうしてコメントをいただくのも本当に嬉しいんです。
でもそれとは違った次元で、手紙のよさを再認識した今日この頃です。

投稿: さぼてんの花 | 2015年9月 6日 (日) 15時55分

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