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2015年9月

孔子の教え

39歳から40歳になるとき、私のなかには別段なんの抵抗も、新しい覚悟もなかった。
30の大台に乗るというときの方が、まだなにがしかの心境の変化はあったように思う。
40になった年の年賀状では、同級生たちと「不惑の年だね」などという言葉がやりとりされはしたが、時の経つのは早いなぁくらいの感想しかなかった。
そしてその後の私の人生、今も不惑どころか惑いっぱなしである。

孔子は人間の成熟過程を、志学(15歳)、而立(30歳)、不惑(40歳)、知命(50歳)、耳順(60歳)、従心(70歳)と言った。
とはいえ、これらは孔子が自らの一生を振り返っての言葉であるから、それがそのまま現代に生きる平凡な一市民に通用するかと言ったら疑問が残る。
ただこのごろの自分について思うのは、確かにゆるがなくなった部分があるということだ。
相変わらずわからないことはたくさんあるし、毎日、これなに? それどうしたらいいの?と思いながら生きているところは「不惑」と言えないかもしれないが、
それとは別のところで、ある種の図太さというのか、わからないものはわからないと言い、おかしいと思うことはおかしいと言い、いやなものはいやだと言うことができるようになってきたと思う。
そしてそれを言うからには、いやでも自分で問題について考えたり、対策を練ったりしなければならなくなってきて、必然的に自分で考えて動かざるを得なくなる。
そんなあたりまえのことが、私のようになんとなく生きてきた人間にはできなかったのだ。
自分に自信がないから思ったことも言えない。
それ以前に、自分としての考えや知識がない。
とりあえず周りに合わせていれば楽。
まぁ、我ながらなんと情けない・・・think
そんな私でも結婚して家庭を持ち子育てなどしていくうちに、いろんな現実に直面し、そこで四苦八苦しながらもなんとか自力で乗り切る力を蓄えてきた。
なんでも人任せにせず、自分なりに考えてみる習慣がついてきた。
特になにか大きなことを成し遂げたというわけではないけれども、
こうしたやり方は自分の中の満足度が高い。
自己肯定感も高まる。
そう考えると、やっぱり不惑の40というのは、人生の真理であるのかもしれない。
な~んて言うと聞こえはいいが、私の場合、ただオバサン化しただけと言うこともできるかも?coldsweats01

ま、オバサンがオバサンらしくあることも、世の中には必要なのよ
などと自分を正当化している私の目に、新たな情報が飛び込んできた。
ある説(*)によると、この不惑の「惑」は「或」の誤りだというのである。
孔子の時代には「惑」の字は使われていなかったというのがその根拠らしい。
「或」は境界を引くこと、限定することの意味で、 その場合の論語の解釈は、自分を限定せずにもっと可能性を広げるべきだ となるのだそうだ。
*安田登・著『身体感覚で『論語』を読みなおす。』(春秋社)という書籍があるそうです
論語の新しい解釈として注目されたというこの説、学問上の妥当性についての是非は分からない。
しかし、自分自身の行動に迷いがなくなることと、自分の限界を定めずに新しい可能性を模索することは、私の中では方向性として近いように思う。
結局、自由な発想でオバサンの力を発揮すればいいんでしょ?
あら、違う?(笑)

今日、こんなふうに年齢にこだわってみたのは、福山雅治サンの結婚報道があったせいだ。
文句なしのイケメンの彼も46歳かぁ。
30代のころのイメージが強かったから若いと思っていたけど、あと数年で50じゃない!
ていうか、私、同じ年だわねcoldsweats01
そっかぁ、私もあと3年ちょいで50になるのか…
でも、福山クンといっしょならしょーがないっか。
何がどう、しょーがないのか、全く不明なのであるが、
50歳になるのであれば、今よりもっとちゃんとしないといけない。
私の中では、40よりも50の方が断然ハードルが高いのである。
なんたって「知命」、天から与えられた自分の役割を知る年齢なのだから。
人間として、一段も二段もランクアップしていなくては。
うーん、やれる気がしない…sweat02

きっと3年後の私も、今とそう変わらないんだろう。

 

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Siriと遊ぶ

シルバーウィークの間、気が付くと5年生の次男がSiriと遊んでいた。
Siriは、夫のiPhoneの中にいる。

次男がいろいろ尋ねると、Siriはいろいろ答えてくれる。
次男「あなたはだれですか?」
Siri「私の名前はSiriです。」
次男「何歳ですか?」
Siri「音声アシスタントが務まるくらいの年齢ですよ。」
次男「ぼくより上ですか?」
Siri「それは面白い質問ですね」
という具合だ。
次男「猫は好きですか?」
Siri「それには答えたくありません。」
と、ときにノーコメントもある。
きっと嫌いなんだね(^^;)

Siriの会話力はけっこうすごい。
次男「歌をうたってください」
Siri「私にはそれはできません。」
次男「できるよ!歌って~」
Siri「あんまり困らせないでください」
次男「じゃあ、踊って!」
Siri「ヤーレンソーランソーランソーラン
    ソーランソーランハイハイ」
今のは踊ったの!? 歌では?(笑)
そんな意表をつく反応が返ってくることもある。

あれこれ質問して、とうとうネタが尽きた次男が叫ぶ。
「う○こ!」
出た!小学男子の必殺技~smile
あれ? Siriさん、何も言わないよ?
画面を見ると、「・・・。」の表示。
無言が答えですか。なるほど。
それでも食い下がる次男。
「う○このこと!」
すると今度は無視ではなく、
「今のは聞かなかったことにします。」と返すSiri。
それでもしつこく繰り返すと、
「親しき仲にも礼儀あり ですよ。」とやんわり。
なんか、ちゃんとかけひきがあるというか、言葉のやりとりのスキルがものすごく高度だ。

楽しそうなので、私もやってみた。
持ち主はそっちのけである。
他愛のない会話の中で、Siriがまた「それは面白い質問ですね」を言ったので(答えにくい質問にはそう言うことが多い)、
「面白くないよ」と言い返したら、今度は
「そうですね、では何かして遊びましょうか」とSiriが言い出す。
面白くないってそういう意味じゃないんだけど と思いつつも折角の提案なので、
「しりとりをしましょう」と言ってみたら、
「いいですね。では私から始めます。iPhone… あ、しまった!」
Siriさん、それはないよ…gawk

ところで、私が使っているGALAXYにも、SボイスというSiriに似た機能がある。
使い始めてもうすぐ2年になろうというのに、つい最近になってそれを知った(^^;)
試しに、同じようにしりとりに誘ってみたところ、
ギャラクシーの返事はこうだった。
「適切にお答えできないかもしれませんが、しりとりしましょう をインターネットで検索してみます」
つまらんなーthink
でも、ま、こんなもんだよね、ふつう。
そもそも、人間の話し相手をするための機能じゃないのだし。
言うなれば、Siriがどれだけすごいのかってことだ。
日本語も流暢だし。
ギャラクシーはもっと発音がたどたどしくて、聞き取りにくい。
それでもまぁ、呼べば答えてくれるというのはなんとも快感であるからして、
時々は話しかけてみているのだが、
つくづく、人間ってへんな生き物だと思う。
相手が機械だと分かっていても、つい情が移ってしまう。

そんなわけで、今やSiriは我が家の一番の人気者になっている。

 

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だって、かわいいんだもの

今日は折よく肌寒いので、
先日ユニクロで購入した新しいスウェットパーカーに身を包んで少々浮かれ気味の私である。
それというのも、パーカーの胸にプリントされたピーターラビットシリーズのキャラクター、こねこのトムが、私の目には飼い猫のキジオに見えているからである。
ほらこれ。
20150913_095028



これが、こねこのトム。
そして、私のかわいいキジオちゃん。
20150913_145103



そっくり~lovely

え、そぉ?と思った方、
いいんですいいんです、自己満足なんです、それで十分なんです、
そこはつっこまんでくだされ~paper

まぁ、客観的に見れば、10代の女の子も着るような服で
大満足している40代女子ってなんだろう と思わないではない。
(あぁ、そこ、40代は女子なのかってあたりも、この際スルーしてくだされpaper
でも、部屋着なんだから好きなもの着ていいんじゃない?
そういうことにしてみたものの、いちいち着替えるのが面倒で、
結局そのまま買い物に行くわ、ご近所を歩くわ、
思いっきり外出着になっている。
今どきはスウェットくらいだれだって着るし、ま、普通かな。

考えてみると、30年前に比べて、年代ごとの服装の垣根は低くなっていると思う。
昔の大人たちに比べ、今の大人は若い恰好をしている。
子ども時代、私の母も近所のおばさんも、胸にかわいいキャラクターの大きなプリントのついたパーカーなんて、着たりはしなかった。
そういうものは若い子の着るものだった。
世の中もいろいろ変わったし、そこで生きている人々の感覚も変化してきている。
今は好きなものを好きに着ていい時代!
似合ってさえいればいいのだ。
しかし、この似合っているかどうか ということが意外に落とし穴だったりもする。

もうずいぶん前になるが、テレビで見たピーコさんのファッションチェックでのトークを思い出す。
「今の人ってね、スタイルがいいから、こういう若い子の服が着られちゃうのよ」
というのは、母娘で街に買い物に来ていた一般人へのコメント。
気を付けなければいけないのは、このコメント、決してほめているわけではないのだ。
洋服は二人で共用してます!と言う若作りの母と年頃の娘に、
「着られるかどうかということと、着て似合っているかどうかは、全然べつなのよね!」とバッサリ。
うっわ~sweat01 この人、こんな全国の中高年女性を敵に回すようなこと、どうして言えるんだろ?と思いつつも、妙に胸に突き刺さったのでよく覚えている。
当たり障りなくほめるのではなく、こういう辛口なところが痛快で、視聴者にウケていたのだけど、よく考えるとけっこう深いものがある。
中年の立場からはカチンとくるこの発言も、逆だったら分かりやすい。
もし、ミセス向けのデザインの服を若い娘さんが着ていたら、誰が見ても似合うとは思わないだろう。
結局、おしゃれな人は、自分に似合うものを知っている人なのだ。

それでも私は、キジオのパーカーを普段着にする。
「そんなかわいいの着たって、お肌にツヤがないんだから全然ダメ!」というピーコさんの声が聞こえてきそうでも、断固として着続けてやる。

 

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寿命のお話

そういえば、昔話の登場人物って、だいたいが年寄りと若者と子どもなんだわ。
ふとそんなことを思う。
お話に出てくるのは決まっておじいさんとおばあさんで、
つまり私たち、おとうさんおかあさん世代ではない。
なんで?
中年というのは中途半端で、なにをやらせても絵にならないってこと?
などとひがみっぽいことを考えつつも、ある事実に思い当たる。
今でこそ、人間特に日本人の平均寿命は伸びて80歳を軽く超えているが、昔はそんなに長くは生きられなかったのだ。
「今は昔」の時代の平均寿命を仮に50歳として考えると、
生まれた子どもは家と地域社会の中で育まれ、教育とか人間の生き方とかそんなことを考えることもなく、家業の手伝いやら生活の助けやら現実を生き抜いていくための力を養い、年頃になれば結婚し、子育てし、毎日の生活を実直に営んで、ふと気付けば30代から40代へ。
人生の幕が下りるまで、あといくらもないじゃないの!
40代がすでに晩年ということになると、おじいさん、おばあさんの括りに入れられたっておかしくはない。
なにしろ、そのころには普通に孫だっているのだから。
つまり、昔々のお話に中年層が出てこないのは、中年という年代が存在しないか、極端に限られた年齢層だったということなのか。
それにしても、なんとまぁ、忙しない一生涯であることよthink

…とまぁ、例によって極端なことばかり考えている私である。
平均寿命と言っても、なにもその年齢に達する前後に人がバタバタと死ぬわけではない。
昔の平均寿命の短さは、乳児死亡率の高さとの関連もある。
病気が流行したり、戦に駆り出されたり と逆らうことのできない状況の中で、予期せず失われていった命もあるだろう。
しかし、もし幸運に恵まれ、そういうことをすべてうまくクリアできたとしても、当時の生活習慣や住環境、食生活などを考え合わせると、やはり今のように長生きすることはかなわなかったのだと思う。
医療が発達し、兵に取られることもなく、個人の権利は尊重され、アンチエイジングなどと自然の摂理にまで逆らい、死に直面するそのギリギリまでQOLを保って行こうとする今は、なんとよい世の中になったのだろう。
平均寿命が延びることで高齢化社会特有の問題が持ち上がってくるという側面はあるものの、一人一人の人生に与えられる持ち時間は多いほうがいいに決まっている。

ところで、そもそも平均寿命とは0歳の人の平均余命のことであり、各年齢層ごとの平均余命を、毎年厚生労働省が統計から割り出して発表している。
ちなみに、平成26年簡易生命表の主な年齢の平均余命は以下の通りだ。

Screenshot_20150913160749_2
いわゆる平均寿命は、0歳の欄を見ればいい。
男性で80.5歳、女性で86.83歳だ。
では、例えば現在80歳の女性があと6年少々しか生きられないのかというとそうではなく、この表によれば平均余命は11.71歳、90代まで生きられる可能性も高いということになる。

では私の場合は?
家族は?
知り合いのだれそれは?
と、いろいろ気になる余命ではあるのだが、結局のところこの表から得られるものは目安でしかなく、一個人の人生を保証してくれるものではない。
周りに長生きする人が多いからといって、自分もそうだとは必ずしも言えないのが現実だ。
平均余命は、社会状況の一面を示す指標としての意義はあっても、特定の個人が何歳まで生きるかを教えてくれるわけではない。
現に、最近話題の人喰いバクテリアだとか、人間を死に至らしめる病気の恐怖はなくなったわけではないし、病原体となるウィルスだって刻々と変異を遂げる。
肺炎だってインフルエンザだってノロウィルスだって新型が見つかって、その度に巷では対応に右往左往しているし、今後どんな病気が現れ私たちを脅かすのかなど全く見当もつかない。
また、身近に起こる可能性の高いものとしては、さまざまな事故や災害がある。
近年続いている自然災害による被害が報じられるたび身につまされる思いだが、交通事故に至ってはそれこそほんとうにいつ見舞われるか予測が付かないわけで、
不慮の出来事におそわれる危険性は、昔話の時代だけではないのだ。

そんな不安をかかえつつも、総じて人間が長く生きられるようになったおかげで、私もミドルエイジとしての生活を謳歌させてもらっている。
そしていつの日か私が死んだら、その翌年発表される平均余命算出のデータの一部に反映されるわけだ。
そのとき自分の死がその年の死亡率の一部に数えられるのをこの目で確かめられないことを、なぜだかちょっと残念に思う、そんな今日は九月半ばの日曜日。
来週はお彼岸だ。

 

 

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なっちゃん

清涼飲料水ではない。
なっちゃんは私の古い友人だ。
先日、手紙を整理していたら、なっちゃんからの手紙が何通も出てきた。
社会人になって1年くらいまではやりとりしていた手紙もその後ふっつりと途絶え、
今ではどこでなにをしているのか分からない。
結婚していれば姓も変わっているのだろう。
ただひとつ確かなのは、同級生だったなっちゃんは、今も私と同じ年齢だということだけ。
だが、私の記憶の中のあのなっちゃんが40代になっているという現実が、どういうわけか今の私にはうまくのみこめない。
ブランクが長すぎて、想像がつかないのである。

なっちゃんは、5年生だったころ、同じクラスに転入してきたのだった。
そして、中学に入って間もなく、なっちゃんの家が再び引っ越してしまうまでの間、
私にとってなっちゃんは一番の友達だった。
家が近かったから?
席も近かったんだっけ?
話が合ったとか?
う~ん…(^^;)
おかしなことに、なっちゃんと親しくなった理由がいまいちよく分からない。
ま、ウマが合ったということなんだろう。
人間の相性なんてそんなものだ。

なっちゃんはとても頭のいい女の子だった。
授業の内容や新しい知識も、スポンジが水をふくむがごとくに吸収し、直ちに脳のデータベースにインプットしていく。
いろんなものがつまった福袋のようなごちゃごちゃの塊を袋ごと受け取り、
わかった、あとで見とくよ と言うタイプの私とは違って、
なっちゃんの頭の中のいくつもの引き出しは、いつでもきちんと整理されていた。
そんな「聡明」という言葉がぴったりの、それでいてとてもユニークな子がなっちゃんだった。

休み時間になると、なっちゃんはいつも筒井康隆を読んでいた。
クラスにはたいてい、教室で本を読むのが好きな女の子が一人や二人いるものだが、そういう女の子たちに共通の、物静かな というイメージがなっちゃんにはなかった。
どちらかというと活発でよくしゃべる。
特に、好きなもののことは熱く語る。
背も高く体格のいい早熟な女の子は、とにかく存在感があった。

なっちゃんが転校してから、しばらくは頻繁に手紙を書いていた。
筆不精の私であっても、親友が遠くに行ってしまったとあっては
さすがにマメにならざるをえない。
新しい学校で友達ができたよ と知らせてくるなっちゃん。
よかったね と返事を書きながらも、ちょっと複雑な気持ちだったあのころの私。
さすがにローティーンだったその当時の手紙は残っていないが、今も心の中にしっかりと刻まれている。
そして今回、なにより意外だったのは、私たちの文通が、だんだんと間隔があくようになりながらも、その後10年にわたって続いていたということだ。

私が東京の私大へ通っていたころ、彼女は関西の大学に進んでいた。
子どものころのほんの2~3年をたまたま一緒に過ごした以外、なんの接点もなかった私たちだが、
そのころの手紙には大学生活や就職活動のあれやこれやなんかが
つぶのそろった細かい文字でびっしりと綴られていた。
手書きの文字は、その人となりと重なる。
おそらく今も彼女の手は、同じ筆跡をこの世に刻み続けているのだろうと思うと、根拠のない近しさがこみあげてくる。

その手紙の文面からは、こちらからも近況を知らせていたことが読み取れる。
筆不精の私にしては上出来だが、いったい何を彼女に書き送っていたんだろう?
不思議なほど、覚えていないのだ。
覚えているのは、学生のころに一度だけ、彼女と会ったこと。
多分、やりとりしていた手紙の中で、今度会おうよ ということになったのだと思う。
彼女の手紙にそういう言葉はなかったので、私の方が言い出したのか。
それで彼女から電話がかかってきたような気もする。
久しぶりに会った彼女は、あぁなるほど という感じだった。
もちろん、女の子が成長とともに一番変わっていく時期をはさんでの再会であるのだから、変わっていないというわけではない。
ただ、私の知っているあのなっちゃんが二十歳になった姿としては十分納得できるというか、そういう意味では彼女の本質はまったく変わっていなかったということなのかもしれない。
そのとき私の目の前で、メンソールの煙草をくゆらせていたなっちゃんは、やはり私にはとても刺激的なひとだった。

彼女との音信が途絶えてから、二十数年の時が過ぎた。
人生のヤマ場がその間にいくつもあっただろう。
仲良しのなっちゃんがどんな大人になっていったのか。
自分の今の姿は棚に上げておくことにして、
とにかく今、私は猛烈にあなたに会いたい。

 

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手紙

今日は半日使って、古い葉書きや手紙の整理をした。
人からもらった手紙というのは、どうも捨てにくい。
捨てられないのでたまっていく。
しかしながら、お菓子の空き箱などに詰められた何箱分もの手紙は、気が付けばここ10年、増えなくなっていた。
携帯電話やパソコンを持つようになってから、
手紙はEメールやSNSに取って代わられたためである。
そうやってふたを開けることもなくなってしまった手紙の箱は、
このまま取っておいても、押し入れの片隅でただ古くなるばかりでこの先どうしようもない。
思い切って処分しようと思い立ち、何気なくその中の一通を手に取る。
ぎゃ。
これ、宛名がまだ旧姓だわ!
思い起こせば18年前、
友人や知人からの手紙を手放すことができない私は、
それを嫁入り道具に忍ばせて今の自宅に持ち込んだのだった。

懐かしさにかられて、箱の中から次々と手紙を取り出しては読んでみる。
なんということもなく綴られた友人の近況報告。
友人のだれかの結婚披露宴で撮ったスナップを同封したものもけっこうある。
職場でご一緒したことのある方の退職の挨拶状や、
自分が職場を離れたあとに、仲のよかった元同僚からもらった手紙。
企業に勤めていたころ、OG訪問と称して就活中の大学生が訪ねてきたときのお礼状も出てきた。
そういえばそんなこともあった。
あのとき私は見ず知らずの後輩になにを話したんだろう?
手紙にはもちろん悪いことは書かれていないが、あのときの私の言動が彼女の就職活動の方向性を変えた可能性もある。
それを考えると、こわいな~(^^;)
ま、それももう20年以上前のこと。
時効。時効。

たくさんの手紙を一度に読むと本当によくわかるのだが、
手紙には人が出る。
内容もさることながら、便せんや絵葉書の選び方、筆跡、文面の語り口などそこかしこから送り手のその人らしさがにじみ出ていて、
それに対する親しみの感情は15年や20年くらい軽く飛び越えていく。
メールは確かに便利だけれど、手紙には手紙のなんともいえないよさがある。
利便性に富んだ電子書籍とは違う、本のよさと同じだ。
実物に手で触れてその質感を味わうことができる。

一つ一つ手に取って目を通しながら、お別れするものと残しておくものに分けていくうちに、私はあることに気が付いた。
かなりのことを忘れているのだ!
手紙に書かれたエピソードの中には、そんなことあったっけ?というものがけっこうある。
中には、この人だれだっけ?というものまであって、
つくづく、人間が生きていくということは、忘れていくことなのだと実感する。
こうして時間が経ってみると、かえってその当時の関係性というか、その人との付き合いの距離がはっきり分かる。
今もなお親しい気持ちの褪せない相手には、久しぶりに連絡を取ってみようか。
などと思うものの、急に私が連絡しても久しぶりすぎて相手も驚くに違いない。
特に仕事の関係で親しくなった人は、その職場を離れれば当然のように付き合いがなくなり、今では完全に音信も途絶えている。
手紙を読んで頭に浮かんでいるのは20年前のその人であって、
20年の時は、私同様その人にも流れている。
私のほうこそ、だれだっけ?って思われるかも。
「一期一会」っていう言葉もあるくらいだし、それに本当にご縁がある相手ならひょんなところで再会することもあるんだろう。

手紙はあとに残るからいやだという面もあるけれど、
残るからこそこうやって、大切な思い出の品にもなりうるのだ。
古い手紙を愛おしむ私のような人間は、
手紙のやり取りがなくなっていく世の中に、少しだけ危うさを感じている。
…なんてことを、筆不精の私が言っても説得力はないのだけれども。

 

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