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2014年11月

気になる言い方 (3)

敬語のお話も三回目になりました。
今回は、「~してもらってもいいですか?」という言い方についてです。
実はこの言い方、私はよく使っているのですが、
文化審議会の答申『敬語の指針』の第3章の第3「具体的な場面での敬語の使い方」で取り上げられておりました。
取り上げられているからには、どこかに間違いがあるのでしょうか?
その部分を引用してみます。

【33】 「それ、取ってもらってもいい(ですか)。」「こちらの書類に書いていただいてもよろしいですか。」というような言い方をよく耳にする。「取ってちょうだい。」や「取ってください。」、「書いていただけますか。」に比べると、何だか回りくどい言い方に聞こえてしまう。こうした表現については、どう考えれば良いのだろうか。 

【解説1】基本的に「~てもいい(ですか)」「~てもよろしいですか」などは、自分のすることについて、相手の許可を求める言い方である。しかし、「取ってもらってもいい(ですか)。」という表現は自分が取るのではなく、相手が取ることを要求しているものである。したがって、「取ってちょうだい。」や「取ってください。」という依頼や指示の表現と同じ内容を表すものである。そのように、本来なら依頼や指示の表現で済むところを、許可を求める表現に変えているということになり、その分だけ、「回りくどい」印象を与えるのだと言える。
 指示や依頼が簡潔にできる状況であれば、こうした回りくどい印象を与える表現は用いない方が良いだろう。

ま… 回りくどい… ガ━━Σ(゚д゚;)━━ン!!
そうかな… そうなのかな… (u_u。)
でも、間違いではない ということのようです。

【解説2】このような、依頼や指示を「許可を求める形」で行う表現は近年よく耳にするようになった。なぜ、このような回りくどい言い方をわざわざするのだろうか。
 例えば、「取ってちょうだい。」「取ってください。」といった表現は、相手に直接働き掛けているものである。それに対して、「取ってもらってもいい(ですか)。」と言う表現は、(自分が)取ってもらえるかどうかを尋ねる形に変わっているのである。そうすることで、相手に対して押し付けるような印象をなくし、相手への配慮を表そうとするのではないかと考えられる。これが、回りくどい、言い換えれば、婉曲的な表現をしようとする主たる理由であろう。…(略)

そう! そうなのでございますよー!!(・∀・)
最後まで「回りくどい」を連発してくれましたが、依頼する相手への配慮がこめられた婉曲表現なのです。
そうしてくれると私はとても嬉しいのですけれども、お願いできますか?というニュアンスを盛り込んだのが、「~してもらってもいい?」という言い方なのです!
いや、奥ゆかしいじゃないですか~ (*v.v)。
思うんですが、話し言葉には口調というものも重要なポイントです。
いくら正しい言葉を話していても、言い方がつっけんどんだったり、皮肉っぽかったりしたら、相手を不快にさせてしまいますよね。
少々回りくどくても気持ちの伝わるような言い方であれば、言われた相手が「分かりにくいなー もうっ!!」と怒りだすようなことはないと思われます。
「~てもいい」が近年よく耳にされるようになったということは、「とんでもございません」のように市民権を得てきた証拠なのではないでしょうか。

それよりも! です。
どうしても耳について仕方がない言い方があります。
みなさんもよくお聞きになっているでしょう、「よろしかったでしょうか」というフレーズです。
初めて聞いたのはいつのころだったか、それは定かではありませんが、「ヨロシカッタ」が妙に引っかかって頭の中でこだましていたのを思い出します。
最近ではだいぶ聞きなれてきましたが、それでも聞くたびに引っかかります。
つい先日もお店でレジのお姉さんに、「駐車場のご利用はヨロシカッタデショウカ?」と言われ、とっさに「ええ、ヨロシカッタです…」とおかしな受け答えをしてしまった私…(^^;)
レジのその若くて感じのいい店員さんは爽やかな笑顔でおっしゃったので、こちらもさらりと受け流そうとは思ったのですが、どうもへんに動揺してしまいます。
この「よろしかったでしょうか」は、昨年、広告会社の協同宣伝が行った「今どきの話し言葉」に関する実態調査によれば、「嫌い」ランキングで堂々1位にランクインしております。
ちなみに、2位は「なくないですか」、3位は「違(ちが)くて」と続き、年代別にみてもこの3つがトップ3を占めています。
これらも、私の「~してもらってもいい?」と同様、当たり前に使っている人にとっては、どこが悪いのよ!?ということになるのでしょうが、今現在はまだ違和感を感じる人の方が多いようですね。

言葉にも流行り廃りがあるものですし、新しい言い方が流行るのもそれがあるニュアンスとともに心に響いてくるからなわけで、例えば若者同士が若者言葉で若者文化を分かち合うのはそう悪いことではないと思いますし、同じ業界の者同士が業界語を連発し合うのもいいと思います。
ただ、TPOをわきまえて、その場に合った言葉遣いをすることや、相手を戸惑わせないような言い方をすることが必要なのだと思います。
それが、周囲を不快にさせないための気配りということなのでしょうね。
そうやってお互いを尊重しつつ言葉が交わされるとき、人の心に温もりが生まれるのだろうと思います。

 

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気になる言い方 (2)

前回の記事にも書きました、文化審議会の『敬語の指針』。
読んでみるとけっこう面白くて、ためになります。
なんとなく経験的に覚えてきて、あまり突き詰めて考えたことのなかった敬語の使い方を改めて解説されると、妙に納得がいくところもあって、スッキリします。
例えば、「お手紙」といった場合。
手紙は人から人へと向けられたものですよね。
仮にこの手紙が「先生からのお手紙」である場合、「お手紙」は先生を立てるべき相手と見なした尊敬語です。
また反対に、同じ「お手紙」でも、「先生へのお手紙」である場合には、動作の向かう先が立てるべき相手であることから謙譲語となります。
言われてみればそうですよね!
敬意を示す相手に属するものは、「お心」「おみ足」「お住まい」「貴社」などと名詞でも尊敬語はあります。
謙譲語の名詞は少ないですが、「粗品」「弊社」などの言い方がこれに当たり、また「お手紙」と同じように尊敬語にも謙譲語にもなりうる言葉には「ご説明」「ご案内」「ご連絡」「ご辞退」などがあります。
今まで、「お花が咲いた」「ご飯を炊く」などと言うときの花や飯の美化した言い方とごちゃまぜに捉えておりましたが、まさに目からウロコが落ちましたflair

この答申で大きな注目点は、敬語の分類が従来の3種類から5種類になったことです。
種類が増えたと聞けば難しくなったような印象を受けますが、新たな分類は従来の分類と対立するものではなく、同じ考え方に基づいたものです。
従来の「尊敬語」「謙譲語」「丁寧語」の3つの区分のうち、謙譲語を「謙譲語Ⅰ」と「謙譲語Ⅱ(丁重語)」に、丁寧語を「丁寧語」と「美化語」に分けたのが新しい分類です。
詳しくは文化庁のホームページで『敬語の指針』全文が見られますので、ご興味のある方はご覧ください。

新しい分類を見渡してみて、ややこしいと感じるのはやはり謙譲語ⅠとⅡです。
どう違うんじゃい!?と思いますよね(^^;)
謙譲語Ⅰに属する語は、「伺う」「申し上げる」など。
謙譲語Ⅱ(丁重語)に属するのは、「参る」「申す」など。
この二つの違いは、だれを立てるための敬語なのか ということです。
例を挙げますと、「先生のところに伺います。」という場合、謙譲語の「伺う」は動作の向かう先である先生を立てている表現です。
では、「先生のところに参ります。」の場合はどうでしょうか?
丁重語の「参る」は、話をしている相手に対する敬語表現です。
当の先生に対してこの発言をするのであれば、「伺います」も「参ります」も同じ意味になりますが、先生以外の第三者に言う場合は、話し手の敬意の方向が違ってくるのです。
まとめますと、動作の向かう先に対する敬語が「謙譲語」、話す相手に対する敬語が「丁重語」で、丁重語は立てるのにふさわしい「向かう先」があってもなくても使うことができます。

私の拙い説明、お分かりいただけたでしょうか?
分かりにくいですよね(^^;)
そこで、第二の目からウロコポイントですflair
原文から引用してご紹介します。
 謙譲語Ⅰは、「ます」を伴わずに使うこともできる。例えば、「明日先生のところに伺う(よ)。」などと、「先生」以外の人に述べることがある。
 一方、謙譲語Ⅱは、一般に「ます」を伴って使う。例えば、「明日先生のところに参る(よ)。」などと述べるのは不自然である。

どうです?
落ちたでしょう?ウロコsmile
分かりにくいことを簡単に識別できるこの手の法則に出合うと、テンションが上がりますよねupupup
あれ? 私だけ?(笑)
ま、そんなこと知っていても、日常生活で役立つことはあまりないですけどね~

そもそも、『敬語の指針』は、平成12年の国語審議会の答申『現代社会における敬意表現』の考え方を受け継いだものであり、その中で敬意表現について次のように定義しています。
 敬意表現とは、コミュニケーションにおいて、相互尊重の精神に基づき、相手や場面に配慮して使い分けている言葉遣いを意味する。それらは話し手が相手の人格や立場を尊重し、敬語や敬語以外の様々な表現から適切なものを自己表現として選択するものである。
ここに述べられているように、そのとき、その場面でどんな言葉を使うのかは、その人の自由な選択によるもので、そこにその人らしさが表れるのだと思います。
たとえ敬語を使わなくても、周囲の人への気遣いを表す言い方はいくらでもあります。
言葉に対する感覚は世代や性別によっても違いますし、借りてきた言葉ではなかなか思いは伝わらないものです。
自分らしい言葉を話すこと。
言葉は伝えるためのものだから、なにより、それがいちばんです。
それでもいつか、自分も洗練された言葉遣いが似合う人間になりたい。
そんなふうに思います。
だって、日常の何気ない場面でさらりと敬語を使いこなしている人を見ると、本当に素敵なんですものconfidentheart04
とはいえ、人生後半戦に入った今、急がないと理想の実現にはあまり時間がありませんわ~sweat01

 

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気になる言い方 (1)

とんでもございません という言い方は誤りであると思っていました。
いや、少し前までは確かに誤りとされていました。
「とんでもない」で一語であるからして、「ない」のところだけ部分的に形を変えることは言葉として正しくない。
そんな理屈だったはずです。
ところが、今は、それがそうでなくなったようなのです!
ご存じでしたか?

平成19年2月に、文部科学省の諮問機関・文化審議会において『敬語の指針』なる答申がまとめられましたが、その中の、敬語の具体的な使い方についての章に、この「とんでもございません」という表現についての記述があります。(以下、引用文

【29】 部長から「いい仕事をしたね。」と褒められたので、思わず「とんでもございません。」と言ったのだが、この表現は使わない方が良いとどこかで聞いたことを思い出した。「とんでもございません」の何が問題なのだろうか。

【解説1】「とんでもございません」(「とんでもありません」)は、相手からの褒めや賞賛などを軽く打ち消すときの表現であり、現在では、こうした状況で使うことは問題がないと考えられる。

えー そうなの? 問題ないんだ…Σ( ゜Д゜)
まぁ、言わんとすることはとても伝わるし、正しいとされてきた「とんでもないことでございます」なんて言い方はまどろっこしくて、とっさに出にくいもんね…(^-^;
さらに、解説は続きます。

【解説2】謙遜して、相手の褒めや賞賛などを打ち消すときの「とんでもございません」(「とんでもありません」)という言い方自体はかなり広まっている。 ・・・(中略)・・・ 
 ただし、「とんでもございません」は、「とんでもないことでございます」とは表そうとする意味が若干異なるという点に留意する必要がある。問いの例は、褒められたことに対し、謙遜して否定する場合の言い方である。したがって、「とんでもございません」を用いることができるが、この場面で、「とんでもないことでございます」と言ったのでは、「あなたの褒めたことはとんでもないことだ」という意味にも受け取られるおそれがあるので、注意する必要がある。

ふーん?
そんなふうに受け取る人っているのかしら?(^-^;

また、例えば、あの人のしていることはとんでもないことだ、と表現したい場合には、「あの方のなさっていることはとんでもございませんね。」などとは言えないが、「とんでもないことでございますね。」などは普通に用いることができる。

なるほど~flair
使い分けがあるのですね。
この解説はなんとも、すばらしく具体的!(*^m^)笑
これを読んだ限りでは、もう7年半以上も前から既に、謙遜の意味合いの「とんでもございません」は市民権を得ていて、政府のお墨付きになっていたということらしいです。
知らなかった~!
では、それが分かった今日から堂々と「とんでもございません」を使いましょうか?ということになりますと、そこはやっぱり躊躇してしまいます。
言葉は時代とともに変化するものとの認識はあっても、その過渡期にあってはいろいろな考え方の人がいます。
私のように、その言い方が間違いではなくなったことを知らない人もいるでしょう。
「とんでもございません」が政府公認だということが世間に浸透するまでには、かなりの時間を要すると考えられます。
今私がこの言い回しを使ったとして、それを聞いた人に間違えていると思われるかもしれないなーと想像すると、それもシャクなのでやっぱり使わないでおこうと思ってしまう、つくづくケチな人間ですワ…(*v.v)。
でも、そうですね、とりあえず使ってもいいことがわかったので、そのうち、機会があったら使ってみます。 
それが時代の流れのようですので、逆らわずに、ね。

それにしても、NGワードがOKになってしまうんですから、世の中の常識というものも案外ゆるいものなんですね。
守るものと移ろっていくもの。
そこに時代の変遷が見られるのだと思いました。

 

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すあま騒動

その夜、お風呂から上がった私は、次男が学校で使っている防災ずきんのひもが取れたと言って持ち帰っていたのを思い出し、繕いものをしていたのだった。
近視に老眼が加わってきた最近の視力では、お裁縫のような細かい作業は眼鏡をはずしてやることにしている。
眼鏡をはずせば、手元の小さいものもよ~く見える!(v^ー゜)
その間、周囲はソフトフォーカスな見え方になるのだけれども。

もう二度と取れないように頑丈にひもを縫い付けている、その視界のぼやけた端を、我が家の飼い猫ナノコの姿がかすめていく。
ナノコが、ピンク色とともに、通り過ぎた。
ぼんやりした視界というのは、頭脳の働きをも鈍らせるものか、
「なんか、ナノコの口元がピンクだよ? パパ、ちょっと見て~」
針を持つ手は休めずに、のんびり夫に言うと、ナノコを見に行った夫がなにやら騒いでいる。

すあまだsign01

その日の昼間、お客さんのお茶菓子に和菓子屋さんで買ったピンクのすあまが残っていた。
それが家の中のどこかにあったのをナノコが見つけて、自分のケージに持ち帰ったのだ。
「バカ!こんなの食うな!」
夫がナノコからすあまを取り上げようと格闘している。
だが、人一倍というか猫一倍(?)、食い意地の張ったナノコだから、そう簡単に放すわけもない。
「これは、アタシのだニャ!
アタシが見つけたんだニャ!
ぜったいぜったい、放さないんだニャ~!!(≧ヘ≦)sweat01←ナノコ 心の声
揉み合うふたり。もとい、一人と一匹。
と、そのとき、「いてっ!!嚙まれた!」
夫の右手中指から、血が滴る。
なんと、まさかのこの展開!
うわ~ うわ~ うわ~ (lll゚Д゚) ←血が苦手sweat02

こうなっては一刻の猶予もない。
私も眼鏡をかけての参戦!
必死の形相ですあまをくわえて放さないナノコ VS パパママ連合軍。
パパがナノコの首のうしろとあごを下から抑え込み、ママがすあまを引っ張る。
口からはみ出た部分を引っ張ると、やわらかいすあまはにゅーっと伸びてちぎれてしまうが、ビニールで包まれているのでそれをつかまえて更に引っ張り続ける。
それでも引き下がらないナノコ。
あなたの前世はスッポンか?というくらい。
よし、それなら!と、目の前にナノコの大好きなフードの入ったケースをちらつかせて気を散らせる作戦に。
フードに一瞬気を取られたナノコが口元を緩めた隙に、パパが残りのすあまをビニールごと引っ張り出した。

あ~ とれた… (;´д`)

けっこうな量が口の中から出てきた。
こんなに飲み込んじゃっていたら、のどにつまっていたかもしれない。
それに、ビニール付きだよ…
上手く飲み込めても、おなかの中でつまっちゃっていたかもよ・・・
そんなことにならなくて、よかったね、ナノコ。

ほっとするのも束の間、早く夫の手当てをしなければ!と救急箱を取りだした。
シンクの水道で傷口を洗い、ヨードチンキで消毒。
痛いよね。
しみるよね。
でもそんなこと言っていられないよね!?
猫はさまざまなバイ菌を持っているから、嚙み傷はバカにできない。
念入りに消毒はしたけれど、これだけで大丈夫だろうか?
明日になって腫れてきたらどうしよう?
感染症が心配sweat01
ただでさえ忙しいこの時期に、大ごとになったら?
私のマイナス思考がここぞとばかりに回転し始め、つい最悪の状況を想像してしまう。
用心に越したことはないということで、夜間診療所を受診した。
診療所でもう一度消毒し、抗生剤入りの軟膏を塗って包帯ぐるぐる巻きにされた夫の中指。
抗生剤の内服薬も、念には念を入れて二日分出していただいた。
これできっと大丈夫!

安心して帰宅すると、さきほどの大騒ぎはどこ吹く風のナノコちゃん。
こやつめ~(*`ε´*)ノ
すあまのためにあなたの大好きなパパを嚙むなんて!!
パパを思わず嚙んだことなんて、あるいは記憶にないのかもしれない。
翌日にはいつものように、パパにすりすり甘えるナノコ。
でも、こんな顔されちゃうと、どうしても憎めないのよね(^^;)

20141104_185826

 

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嫁と姑のめまい合戦

今、我が家は、夫の仕事上のとある事情により、多忙を極めている。
予定通りに事が進めば、二週間後には一段落するのだが、今がまさに忙しさのピークである。
そんな中でブログに記事をアップする余裕など本来ないはずなのであるが、今こうして私をパソコンに向かわせているのは、心に充満する毒々しいもの。
風穴をあけて心を換気しなくては、高圧になった毒ガスがいつ引火して大爆発を起こすか分からないからだ。

ことの発端は、義母がデイケアを休んだこと。
その前日から、めまいがすると言って食事もとらずに部屋で休んでいた義母。
「明日は、デイケアを休むことにするわ」という言葉を聞いたこちらのほうが、めまいを起こしそうdespair

義母はこんなふうにときどき「めまい」を起こす。
でも、少し経って自分の気が済むと、時間を持て余した義母はなにごともなかったように復活するのが常だ。
デイケアに通い始めた一年半ほど前は、その日と同じ展開が毎度繰り返された。
そのときは「当日の朝まで様子を見ましょうね」と言っておだてつつ接しているとケロっと元気になって、結果、デイケアをお休みしたことは一度もなかったのだ。
それと同じシチュエーションが久々におとずれた。
しかも、このタイミングで。
夫も私もこなさなければならない仕事が山積みで、デイケアの日は一日、義母のことを頭から追い出していられる貴重な時間。
それなのに、休みたいって!!?Σ(゚д゚;)

明日になったら、いつものように気が変わるかしら?
そう思って、前日の夜はそっとしておいた。
ところが翌朝、私と夫の密かな期待は見事に打ち砕かれた。
布団にくるまった義母は、どうしても行かないとがんばっている。
ここまで来ると、仕方がない。
夫が施設に休む旨を連絡する。
本当に困ったお義母さん・・・sweat02
まぁね、気持ちはわからなくはないよ。
夫も私も忙しくて、でも自分は蚊帳の外。
仕事のことも、家事のことも、何一つ役に立てない寂しさ。
家族にかまってもらえないひがみ。
このタイミングだからこそ なのよね…think
だからといって、私たちを困らせるような言動からは、なにも良い状況は生まれないのに。

何か食べると戻しそうだから と言っていた義母だが、朝食にお粥を作ったらいそいそと起きてきた。
自分で歩いてトイレにも行った。
目の動きなども正常だ。
どこも心配なさそうだったが、仕方がないので、私が半日体を空けて義母を病院へ連れて行った。
お医者さまにひとしきり愚痴を聞いてもらい、お薬を処方していただいて、満足して帰ってきた義母。
もちろん、必要もないので何の検査もなし。
息子の嫁と病院に行って、お薬をもらったという事実だけが大切な義母。
「今日はありがとうね~ うれしかった~」と言われても。
・・・あ、私もめまいが orz

病院の行き帰り、思い出したようによろけて見せる義母に、「私につかまっていいですよ」と肩を貸したとき、
腕にぎゅっとしがみつかれて、軽くゾッとする感覚が走ったことに自分でも驚いた。
私はどれだけこの人がキライなのだろう。
でもこれから、こんなことがもっともっと増えていくのだ。
慣れなければ…!!!!!!!←葛藤  うぐ~

「○○(夫の名)もこれが片付くまではたいへんね」
夫が今、忙しくしていることはさすがに承知しているらしい。
だけどね、私だって同じように忙しいことにはお気付きでない!?
義母に付き添った半日の間に、いったいどれだけのことができるはずだったか、そのことは全く視野に入っていない様子。
いったい何を考えているのでしょう・・・orz

朝ドラのエリーちゃんも、内助の功を発揮してマッサンを支えている。
私だって、これも内助の功!
自分に言い聞かせつつ、なんとか義母のゴキゲンをとり、前回休んだデイケアに今日は義母を送り出した。
表面上は笑顔を作りながらも、心の中で何かが腐敗してふつふつと毒ガスが発生するようなこの事態。
これは、本当に、本当に、危険だ。

 

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