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おばあちゃんの家

先日、母方の祖父母の家にお別れに行ってきました。
祖父も祖母も他界し、だれも住まなくなった家が近々取り壊されることになったのです。
老朽化した家屋でも、母にとっては自分の実家。
特別な思いがあるはずです。
その母から、連絡を受けたのでした。
母にとって一番の気がかりは、仏壇のことでした。
かつて祖父が自分で設計したというその家には、造り付けの仏壇がありました。
祖父母は昔の人でしたので、生前はその仏壇をとても大事にしてきました。
それを見て育った母にも、そして孫である私にも、そうした姿勢は自然と受け継がれています。
「不動産屋が言うにはね、仏壇といっても価値なんてないんだから、ただのゴミだって、そう言うのよ。建物と一緒に取り壊して潰すんだって!そんなわけにいかないじゃない!?」
という、母の気持ちはよくわかります。
私自身のことをいえばとくべつ信心深い人間というわけではないですが、それでも祖父や祖母がいつも仏壇を拝んでいた姿を懐かしく思い出しますと、その仏壇をゴミとして処理する気には毛頭なれません。
その場所で手を合わせていた祖父母の思いまでが軽んじられたような憤りを感じます。
そんなわけで、私たちは最後に家族で祖父母の家を訪れ、仏壇の閉眼供養を行うことにしたのです。

玄関のカギを開けて、中に一歩入ったとき、昔と変わらない匂いがしました。
「おばあちゃんの家の匂いがする!」と言った私の言葉に激しく同意する母。
なんでしょうね。家の匂いって。
なんの匂いなのかわかりませんが、とにかく、この家の匂いです。
馴染みのある、なんだかほっとする匂いです。

ほどなくして、兄一家もやってきて、この日の顔がそろいました。
子どもたちがはしゃいで騒ぐのを静かにさせ、セレモニーの開始です。
略式ではありますが、仏壇にお花を飾ってお供え物をし、お坊さんをお願いしてお経をあげてもらいました。
目を閉じて読経の声を聴いている間、私はなんともいえない気持ちにとらわれました。
この「おばあちゃんの家」は、私にとっても様々な思い出のある家です。
おじいちゃんが建てたのに、それでも「おばあちゃんの家」だったよねぇ… と一人ツッコミを入れながら、祖母の強烈なキャラを思い出します。
人のいい、照れ屋で真面目な祖父は完全に尻に敷かれてました(笑)
わがままで勝手なところもあったけど、私にはいいおばあちゃんだったなぁ…
子どものころ、よく、週末にお泊りをさせてもらったっけ。
自分の家ではしないお手伝いも、おばあちゃんの家では率先してやった私。
お皿洗いや、お部屋の掃除、ガラス拭き。
「きれいになった~」と言ってもらうと嬉しくて、自分が一人前の役に立つ人間のような気がしたりして。
そしてなぜか思い出すのは、テレビドラマ『熱中時代・刑事編』!(笑)
お泊りの夜に見たっけなぁ。懐かしい( *´艸`)
泊まった翌朝は、いつも早起きして散歩に行きました。
おじいちゃんとおばあちゃんと私と犬。三人と一匹で。
犬と遊ぶのも、おばあちゃんの家での大きな楽しみだった私…

このときになって、今まで考えていた以上に、ここでの思い出がたくさんあることに気づきました。
お正月にいとこたちが集まって遊んだこと。
大人になった今は、それぞれ忙しく、なかなか会えなくなりました。
長男が生まれて、久しぶりにこの家を訪れたときのこと。
祖父が亡くなってから、2年前に祖母が亡くなるまでのこと。
その他、いろいろ、もろもろ…。
見回せば、この家の周辺もすっかりきれいに整備され、隣近所のお宅も建て直して新しくなっています。
この家だけが古ぼけて取り残されてしまった感じで、ちょっぴり切ない気持ちになります。

子どもだった私が大人になり、赤ん坊だった息子が大きくなり、そして今がある。
変わらずにあると思っていた家も古びて、この世から消えていこうとしている。
これが、最後なんだなぁ。
次にもしこの場所に来ることがあったとしても、もうこの家はなくなり、代わりにべつの新しい家が建ち、知らない人が住んでいる・・・。
せめて、気持ちのいい人に住んでもらいたい などと、思ったり。
地縛霊の気持ちが少し分かったような気がします(笑)

冗談はさておき、今回、仏壇のことで家族がこの家に集まれたことは、私にとってとても有意義なことでした。
思い出深い家ときちんとお別れをすることで、これまでの人生を振り返り、時の流れに埋もれていた大切なものを掘り起こすことができました。
その宝物を胸に、また先へ進んでいくのですね。
仏壇の本尊はお寺に引き取ってもらい、母も肩の荷を下ろしたようです。
家族みんなが満足して次のステップに踏み出せそうです。

その日、祖父母の家の写真はあえて撮りませんでした。
でも、グーグルマップのストリートビューでしばらくは見ることができます。
どうか、当分の間、更新されませんように。

 

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コメント

建物と一緒に取り壊して…
そんなわけいかない!! ほんとですよね、それはできない。
お母様のお気持ちわかります。
ずっと暮らした思い出いっぱいのご自宅に、
子どもや孫が集まってくれて供養までしてくれて、
きっと喜んでらっしゃるでしょうねconfident
「おばあちゃんの家の匂いがする!」
ありますよね その家のにおいconfident
あれはなんなんだろう 不思議ですよね。
うちもいつか子どもたちが結婚し、孫たちに「おばあちゃんの家の匂いだ」って言われたりするのかなぁ~coldsweats01
さぼてんの花さんの思い出のお話を読んで、
あたしも自分の祖父母のことをいろいろ思い出しました。
みんなが納得いくかたちでご供養できて良かったですねconfident

投稿: ところん | 2014年6月11日 (水) 20時16分

こんばんは。我が家にも神棚があり夫の母が
祀られています。以前、引越しの際にテーブルの上に
神棚があるという奇妙なことがありました。(汗)
時を同じくしてエアコンの取り外しをお願いしていた
工事の方が何と神棚の上に(屋根の上に)
工事道具を置いたのです(# ̄З ̄)
私の「キャ~」が工事の人を驚かせましたΣ(;・∀・)
さぼてんの花さんの記事を読んで
6年前のこの事を思い出しました。
全く!人の大事な思いを。(-_-X)

今回、解体工事という件で私の勝手な解釈ですが
天国のおじい様やお婆さまやご先祖様が
「大切な家族」」の集合をかけたのかもしれませんね。
家には家族の色々な思いがありますものね。
皆さんで供養したり ワイワイガヤガヤして
元気な姿をご覧になったおじい様、お婆さまは
嬉しいひと時だったと想像できます。
素敵な記事をありがとうございます。
今後も楽しみにしています。(長い雑談付きですみません)

投稿: | 2014年6月11日 (水) 21時39分

ところんさん、こんにちは(^^)
何気なく過ごしてきたことも、あとになるといい思い出になっていて、その蓄積が今の私を作っているんだなぁと思うとかけがえのないものに感じられます。
おばあちゃんの家の匂いに包まれて思い出に浸っていると、血縁というものが理屈を超えた確かなものとして浮かび上がってきます。
そんなことを考えた一日でしたconfident

ところで、ところんさんのお宅の匂いですが、
きっとおしゃれないい匂いがするんだろうなぁhappy01heart04

投稿: さぼてんの花 | 2014年6月12日 (木) 14時45分

舞さん、こんにちは(^^)
神棚に工事道具…
無神経な工事屋さんですねsweat02

久しぶりに実家の家族がそろった、楽しいひとときでした。
きっと祖父母からのプレゼントですねconfident
祖父母がこの世を去っても、家がなくなっても、生きている私たちの中に刻み込まれているのですから、一切が無に帰したわけではないんだなぁとしみじみ思います。

どうぞまたお立ち寄りくださいませshine

投稿: さぼてんの花 | 2014年6月12日 (木) 14時57分

立派な仏壇だったのでしょう。
私の実家も大きな仏壇があります。
いつか両親が亡くなったら、さぼてんの花さんの
お母さまのような気持ちになるのかな~と、考えました。想像するだけで、寂しくなります。
私も両親の想いを大事にしたいと思います。
ともかく、きちんと供養されて、おじい様おばあ様はとても喜んでいるでしょう。
『熱中時代・刑事編』!懐かしい!!
小学生のころ、大好きなドラマでした。
あ!年令がバレ・・・いいですけどね~

投稿: みきみき | 2014年6月12日 (木) 20時13分

みきみきさん、こんにちは(^^)
やっぱりですか?『熱中時代・刑事編』!happy02
『相棒』の水谷豊さんとはまた違う刑事役、よかったですよね~heart04
実のところ、細かいストーリーは覚えてないんですけれど、でも大好きで見ていたことはよく覚えています。

時がたつということは、変わっていくということ。
楽しいことも、つらいことも、いろいろありますねthink

投稿: さぼてんの花 | 2014年6月13日 (金) 15時54分

たかが「物」ではあるけれど、そこに「思い」が入ってしまうと、
ただの「物」では済まされなくなってしまいますよね。
でもそれをすべて引き受けて生活していくこともできないし、
処分も仕方のないことになりますね。まさに断腸の思い。

セレモニーができて、おばあちゃんとの温かい思い出とともに、心に一区切りを付けられたこと、よかったですね。

投稿: クー | 2014年6月14日 (土) 21時06分

クーさん、こんばんは(^^)
人の「思い」。
形はないけれど、不思議な力がありますね。
それによって、物の価値が変わってきます。
断ちがたい思いが、「思い切れる」ようになる瞬間。
そこに、セレモニーの必要性を感じます。
そして、そのセレモニーがまたひとつ、大切な思い出になっていくconfident

コメント、ありがとうございました。

投稿: さぼてんの花 | 2014年6月15日 (日) 21時39分

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