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2014年5月

のらねこ物語(4)

迷子の 迷子の 子ネコちゃん。
かわいそうに、前の晩は我が家の縁の下をひとり彷徨い、声も嗄れるほど叫び続けていた。
さすがに疲れたのであろう。
朝方は静かになっていた。
体力に限界が来てしまったのだとしたら、どうしよう?
明るくなって様子を窺がってみればなにやら動きのある気配。
よかった。生きてる!
おなかもすいているだろう。

キジオのフードを少しもらうぞ~ と夫。
あとのことは任せて、私は台所仕事に戻った。
しばらくたって、バタバタとお風呂場へ駆け込む夫の姿。
その手には、なにか大事そうに抱えているもの、あり!
ここから床下に入ったんだろうと思われる隙間のある場所に、フードと水を置いてみたところ、子ネコは出てきて食べたそうだ。
一通り食べるのを待ってから連れてきたらしい。
縁の下を一晩中這いずり回っていたのだから、きっとひどく汚れていたに違いない。
それで直接お風呂場へ。

お風呂場から現れた子ネコは、意外や意外、きれいな白い猫だった。
前日見たときに灰色と思ったのは、汚れだったのだ。
「洗ったら白くなったよ!」と笑う夫。
「それに、模様も出てきた」
ほんと。
身体はほぼ白一色だが、頭としっぽにだけ色が!
黒と茶色と白… ってことは、三毛なの?
「うん、まぁ、そうだな。三毛なんだろうなぁ」
そんなこんなで、子ネコちゃん、どうやらうちの子になるらしい。
長男、次男、キジオにつづき、初めて迎える女の子。
この子をナノコと呼ぶことにする。
三毛なの?のナノコ。
女の子のナノコ。

ナノコの登場に、はしゃいだのは家族のだれよりもキジオだった。
目が喜びに輝き、全身から好意と善意がオーラとなってほとばしっている。
初めての環境にキョトキョトしているナノコに近寄り、少し離れては振り返り、目が合うと走り出す。
遊びに誘っているようだ。
  ほらほら、こっちだよ~(^ω^)♪
  付いておいで~(^ω^)♪
初めはおどおどしていたナノコも、すぐキジオに馴れた。
後を付いて回るようになり、じゃれついたりもする。
オス猫にして素晴らしい母性を発揮するキジオ!
やはりただの猫ではない(笑)
すっかり安心したナノコは、ゴロンとなったキジオのおなかのあたりに潜り込んでいく。
もしかして、おっぱいを探しているの?
まだ片手でひょいと持ち上げられるくらい小さなナノコ。
お母さん猫とはぐれたとき、まだ乳離れしていなかったのかもしれない。
しかし、いくら母性豊かなキジオでも、できることとできないことがある。
しばらく我慢していたようだが、とうとう耐えられなくなり、居心地悪そうに立ち去るキジオ。
ドンマイ!(笑)

母猫の代わりに母乳を与えること以外は、ナノコのほぼすべての要求に応えるキジオであった。
自分のケージにナノコが入ってこようとも、エサを横取りされようとも、決して怒らない。
なすがままにされている。
あまりに遠慮のないナノコを、夫や私が叱る。
そうやって止めないと、キジオはたとえ自分の食べる分がなくなっても、黙って見ている。
そんなことが度重なると、叱責はナノコよりもキジオに向かう。
  ちょっとキジオ!
  あんたね、お人好しもほどほどにしなさい!
 
叱られる意味が分かってか分からなくてか、やるせない目つきのキジオ。
母親を通り越して、まるでおじいちゃんが孫を見るに近い感じ。
キジオ… あんたって子は… まったくもう… (ーー;)
でも、それがキジオなんだよね ( ̄ー ̄)
どこまでも優しい子。
どれほど間抜けでおとぼけでも、そんなところも全部ひっくるめて、大好きさ!

てなわけで、予期せず新しいメンバーが加わった我が家。
2匹になった猫たちと織りなす家族模様は、新たなステージへと突入する。
お話の続き?
ご所望とあらばいくらでも!
呆れるほどに、ネタは尽きない(^^;)

Photo
                                 *最近の2匹の寝姿 チラ見~♪

 

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のらねこ物語(3)

おとぼけキャラのキジオとの穏やかな生活に変化が訪れたのは、それから数年後のことである。

ある朝起きると、庭先でなにかの声がする。
キャーキャーと甲高い声である。
「子ネコだよ!子ネコがいる!」
様子を見に行った夫が戻ってきて言う。
えー! なんで子ネコが?
いったいどこから!? 
どういうわけで!!?
「オレに聞かれても知らないよ~!^^;」
夫を質問攻めにしたところで、仕方がない。
 
とりあえず私も現場へ見に行ってみると、なるほど、灰色の小さな子ネコが怯えた表情で鳴いている。
きっと親とはぐれたのね(´・ω・`)
そっとしておいたら、そのうち親が迎えにくるかも・・・
そう思った私たちは、ひとまずそのまま様子を見ることにした。
匂いをつけないために、子ネコには触れないようにして。
すんなり親元に帰れるように、最大限の配慮をしたのである。

夕方になり、辺りが暗くなり始めたころ、庭に子ネコの姿はなかった。
どこ行ったんだろ?
お迎えが来たのかしら?
それならよかったわ~(*^^*)
のんきにそう思って、気にも留めずにいた私たち。
しかし、その予想は見事に覆された。
夕飯が終わったころ、どこからかまたあの声が聞こえてくる。
しかも今度は、近いっ!
どっから聞こえてくるの~(゚д゚)!
家族みんなで耳を澄ます。
「この辺から聞こえるよ!」
「あれ?聞こえなくなったなー???」
すると、隣の部屋にいた息子が、
「こっちから聞こえるよ!」
床下だ!
どうやら、縁の下にもぐりこんだまま暗くなり、出口が分からなくなってパニックを起こしているようである。
キャオ~! キャオ~! キャオ~!
鳴き声というより、悲痛な叫びといったほうが近いその声の動きに添って、キジオが家中をウロウロする。
床をはさんで上と下で2匹の猫が追いかけっこしている図を頭に思い浮かべると、なんだかおかしくなって笑えてきた。
でも、床下のちび猫ちゃんにしてみたら、それこそ必死だったよね。
笑ったりしてごめん~

かくして、声でのみお互いを知るこの2匹の対面は、翌日果たされることになるのだった。

20140527_171751    *おまけ画像

      ケージの中から
      テレビを見るキジオ。

      好きな番組は、
      岩合光昭の世界ネコ歩き
                by NHK  

   

 

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のらねこ物語(2)

キジトラのキジオがうちの子として家族の一員に加わった。
いきなり高額の医療費を支払うことになった我が家での待遇は、超・超・超・超エコノミー。
フードもホームセンターでいちばん安いのを買ってくる。
これまでの成り行きから外出禁止のキジオは、ペットショップでお買い得品になっていたケージをあてがわれ、日中は大半をその中で過ごしている。
外をふらふらして、またケガでもされたらたまりませんからね(^^;)

そんな窮屈な生活にも、毎日同じお徳用フードにも文句を言わず、従順に、そしてどこかおとぼけな雰囲気を漂わせながら、キジオは私たち家族とともに暮らしてきた。
キジオがどれだけおとぼけかというと…
例えばある日、ケージから出てキッチンのイスの上で寝ていたキジオ。
寝ているうちに頭がイスのはしからずり落ちてくる。
それでも起きないキジオ。
どんどん頭はずり落ち、首がながーく垂れ下がっていく。
ずいぶん伸びてるわ~(^^;) と思った矢先、ドタン!
キジオ、床へ落下。
目をしょぼしょぼしている。
あなた、それでも猫なの? 緊張感なさすぎよ!(^^;)
まぁ、そんなところも、キジオが愛される所以なのだが。

ケージの中で眠って過ごし、ケージから出してもまたそのへんでゴロンと眠っている。
ネコは「寝子」から来ているというけれど、本当に一日中寝ているのねぇ!
ペットといえば犬派の私。
猫の生態は物珍しい。
猫にしてみたらかまわれたくないのだろうが、私としてはかまいたくて仕方がない。
私とキジオはよくおもちゃで遊んだ。
ボールを二つひもでつないだような形状のペット用おもちゃに私のお古のウールの手袋をかぶせたのが、キジオのお気に入りだった。
手袋はおもちゃではなく当時私が使っていたものだったが、キジオがかじって穴をあけてしまったため、おもちゃとして再利用したのだ。
「キジオ!行くよ~」
そのおもちゃを投げると、一目散に追うキジオ。
拾ったお気に入りを口にくわえて戻ってくると、私の足元に置いて「もう一回!」と目で催促。
その遊びを何度も何度も繰り返し、とうとう手袋が原形をとどめないほどボロボロになったっけ(*´ω`*)
それを見ていた夫が、「なに、犬みたいな遊びしてるんだよ~」と言っていたが、
犬としか遊んだことのない私。
え?猫はちがうの?
と、これまたキジオに負けないおとぼけぶり。
「違うよ~ だいたい名前を呼んだら来る猫なんてふつうはいないんだから」
そういうもの?
猫歴の浅い私にはいまいちピンと来ないのだが、どうやらそういうものらしい。
犬好きの私に合わせてくれたのか、犬っぽい猫のキジオ。
これ以上はないくらい、相性ぴったり~♪

時々ケージから出て自由にしているとき、網戸から入ってくる風に吹かれながら外を見やっているキジオの後ろ姿がある。
元野良の血が騒ぐのだろうか?
油断すると、いつの間にか外へ抜け出し、私たちを心配させるキジオである。
それでもまた、ちゃんと帰ってくるところを見ると、ここでの生活もまんざら悪くないようだ。

               *のらねこ物語、まだまだ続きます。
                      次回をお楽しみに!

 

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のらねこ物語(1)

代わる代わる現れる野良猫たちの縄張りとされてきた我が家の庭に、その猫が姿を見せるようになったのは、もう10年、いや、それ以上前のことである。
若いが、痩せて貧相なオスのキジトラ。
おなか側と脚は白くて、どことなく愛嬌のある目。
見るからにケンカが弱そうで、実際とても弱かった。
同時期によく見かけた全身黒っぽいべつのトラネコに、よくケンカをふっかけられ、追い回されていた。
こちらは体格もよく、顔つきもふてぶてしい。
野良猫の典型ともいうべきたくましさで、このあたりのボスだったようだ。

そんな野良猫たちの攻防には大して関心もなかった私であるが、この白キジくんの存在がやがて目に留まるようになる。
玄関を出てガレージに向かう途中の物置の上から、「にゃあ~」と顔をのぞかせたり、庭の草取りをする夫にすり寄って媚びを売ったり。
まさかの「ぼくって可愛いでしょ」アピール!!
なんなの?このネコ・・・(^^;)と思っていた私たちも、だんだん白キジくんのペースにはまりつつあったそんなとき、事件は起きた。

ある日気づくと、見慣れた白キジの姿が見えない。
どうしたのかなぁ?と思っていると、少し離れたところにうずくまっている白キジの姿を夫が発見。
腰のあたりにひどいケガをしている。
あのボストラにやられたか?
そう思うと、不憫である。
厳しい野良猫の世界の掟では、強いものが勝ち残り、弱いものは淘汰される。
仕方のないこと・・・
だけど、かわいそうだね。どうしよう?
結論の出ないまま、とりあえずその場を離れた私たち。

それで終わるはずだった。
縁もゆかりもない野良猫一匹。
そこまで感情移入しているつもりもなかった。
ところが。
ところが!!である。
翌日、外に出てみると、我が家の玄関わきにケガをした白キジが陣取っているではないか!
あら~(^^;)
傷がよくなる気配はなく、体力が奪われていくのがわかる。
そのまま一日、二日・・と白キジは同じ場所に座り込みを続けた。
このままじゃ、本当に死んでしまう。
見かねた夫が白キジを獣医に連れて行き、そのまま入院させることになった。
傷口が化膿して、ひどいことになっていた。
「傷が治ったとしても、後遺症が残るかもしれないね」と獣医さん。
しかし、その心配をよそに、その後白キジはすっかり回復した。
少し元気になってくると、獣医さんたちにも愛想をふりまいていたらしい。
「これだけ性格のいいネコは珍しいから、家で飼っておあげなさい」
獣医さんに言われるまでもなく、そのときから白キジは我が家の猫になった。

ぶっ飛ぶほどの治療費を払ったんですもの!
せいぜい、私たちに尽くしてもらわないことには、こちらもおさまりがつきませんから~(笑)
かくして、野良猫から飼い猫に昇格した白キジくん。
今や、我が家の大切な一員である。

 

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不思議なお話(後篇)

 (前回からのつづきです)

最近では、胎内記憶という言葉も広く知られるようになり、これをモチーフにした映画も作られています。
2010年には豪田トモ監督作品 『うまれる』、2013年には荻久保則男監督作品 『かみさまとのやくそく』が制作され、『かみさまとのやくそく』のほうは現在も、劇場公開中です。
残念ながら、上映中の映画館に足を運ぶこともできず、DVD化の予定もなしとのことで、観ることはかないそうにありません(涙)
テレビでオンエアしてくれないかしら。

テレビといえば、何年か前、『うまれる』が劇場で公開されたころかもしれませんが、
一度テレビの朝のニュース(だったかな?)で、胎内記憶の話題が流れたのをちらっと聞いたことがあり、「赤ちゃんがおなかに入る前の記憶」なんていう報道番組にそぐわない話題がどうして???と思ったことがありました。
同じころだと思いますが、NHKで胎内記憶の特集番組が放送されたそうです。
なにゆえ、この非現実的な空想物語がそれほど注目を集めているのでしょうか。

胎内記憶の第一人者、池川明先生もおっしゃっていますが、この胎内記憶というものは科学で立証することはできないわけで、医学的な見地からすると、胎児は無力で物事を感じ取る能力はないというのが定説になっています。
しかし、一方で現実の子育てに悩み、親子関係に問題が生じたときに、胎内記憶というものは特効薬になるのだそうです。
赤ちゃんはみんな自分で決めた親の元に、目的をもって生まれてくるという考えを持つことは、お母さん、そしてお父さんを変え、やがて家族のあり方に変化をもたらします。
産科医である先生の立場からは、赤ちゃんの意思を尊重したよいお産がよい子育てにつながっていく、その実践をなさっているということのようです。
家族関係がより豊かになり、それぞれの人生に深みが増すのであれば、胎内記憶というものが真実かどうかということを突き詰めて考える必要もないのではないか、という先生のご意見には一理あると思います。

例えば、私の場合です。
息子が胎内記憶と思われることを語ったのはもうずっと前のことで、当時私はそんな言葉も知りませんでした。
最近になってこの言葉に出会い、息子が言っていたことを思い出したのです。
息子は3~4歳だったと思います。
ダイニングテーブルの隣り合わせの席に私と息子が座っていて、私はなにか書き物を、息子はおもちゃで一人遊びをしておりました。
そんないつものよくあるシチュエーションの中で、唐突に息子が言ったのです。
「あのとき・・・」
その声に私が顔を上げると、息子はこちらを見て確かめるように言いました。
「ほら、ぼくが病院でしんじゃった、あのときだよ!」
その言葉が私をどれほど驚かせたか、お分かりになりますか?
実は、息子を授かる前に、私のおなかに生まれることのなかった赤ちゃんがいたことがあったのです。
もちろん、そのことを息子が知るはずもありません。
心臓がドキリとして、息が止まるほどびっくりしました。
あんまりびっくりして、息子の話の続きを促すことを忘れ、はぐらかすような対応をとってしまったことが今になって悔やまれます。
なんでもっと突っ込んで聞かなかったんだろう・・・
そのときの息子が本当は何を言おうとしていたのか、全く違うことだったのかもしれませんが、今となっては確かめる術もありません。
でも、あまりにダイレクトなその表現に、私は今もほかの意味を見出すことができません。
そして、そのことがあって、私はほっとした気持ちになりました。
うまく言えませんが、心にわだかまっていたものが解けて、安らぎを得たような感じです。
それまで、生んであげられなかった子のことがずっと心に引っかかっていていましたが、
あのときの子はこの子だったんだ!
時期を間違えたのか、一度目はお空に戻ったけど、また私のところに来てくれたんだ!
そう思うと嬉しくて、息子が生まれて来てくれたことがとても幸せなことだとしみじみ思えます。
そんな風に思って子どもに接していくことが、きっと大切なんですよね。

本で読んだ胎内記憶の話によると、お空の上にいるときに兄弟になる約束をしてくる子どもたちもいるそうです。
うちの子たちもそうだったのかしら?
うちの息子たち、長男なら、オレが先に行ってるからおまえは後から来いよって次男に言ったたんだろうなぁ。
どっちが先に生まれるか折り合いがつかないと双子になるのかしら?
あ、仲が良すぎて一緒に生まれようってこともあるわよね。
とりとめのない空想の世界が広がります。
ありえないことと思いつつも、とても幸福な気分に満たされます。

子どもはお母さんを選んで生まれてくる。
胎内記憶というものを、あなたも信じてみませんか?

 

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不思議なお話(前篇)

このところ、ずっと考えていることがあります。
それは、胎内記憶というものについてです。
胎内記憶というと、ただ単に、赤ちゃんがお母さんのおなかの中にいるときの記憶のことだと思っていました。
赤ちゃんはおなかの中でいろんな音を聞いているというし、その時のことを覚えていたとしても不思議はないなぁとは思っていました。
現に、生まれる日のことを覚えていると語っていた友人がいます。
私にはそういった記憶は全くないですが、そういう人もいるんだなぁ と単純に考えておりました。

ところがです。
話はそんな簡単なことではないのです。
胎内記憶と呼ばれるものの中には、おなかにいたときの記憶や生まれた直後の誕生記憶以外に、お母さんのおなかに来る以前の記憶というのも含まれるというではありませんか。
おなかに来る前とは!?
過去生が終わって新たに生まれ変わってくるまでの間の、中間生記憶というのだそうで。
こんなことを書いていると、さぼてんの花さんはなにかよくない宗教にでも首をつっこんでしまったのでは?などとお思いになる方もいらっしゃるかもしれませんが、ご心配には及びません。
断じてそのようなことはありませんから(笑)

産科医・池川明先生のまとめた統計によると、なんと子どもの3人に1人はこうした胎内記憶を持っているというのです。
多くの子どもたちが語る胎内記憶によると、初めはお空の上にいて、たくさんの女の人の中から自分のお母さんとなる人を選ぶのだそうです。
そこには神様のような大人がいて、お母さん選びの相談をしたり、おなかに入る時期を決めてくれたりするといいます。
中には、精子や受精卵だったときの記憶がある子、おへその穴から外が見えたという子や、知り得るはずのない実際の出来事を知っている子もいたり。
まるっきりファンタジーですよね。
物語としても荒唐無稽というか、陳腐な作り話としかいいようのない筋立て。
幽霊やUFOと同じです。
話としては嫌いではありませんけれども、疑い深く、現実的なわたくしとしましては、自分の目で見たもの、耳で聞いたものしか信じませんわ!と、いつもの私なら素通りするところです。
そう、自分で見たもの、聞いたものしか信じない。
ですが、私は聞いてしまったのです。
息子の口から。
胎内記憶とおぼしきものを。
この耳で!
これをいったいどう考えたらいいのでしょう?

(次回へつづく)

 

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ひねくれ者

大丈夫? と訊かれるのはキライ。
そう訊かれると、
大丈夫じゃなくても「大丈夫です」と答えなくてはならないから。
大丈夫と答えてしまい、「なら、もうすっかりいいのね」ということにされてしまった辛い過去が、私の性格を醜く歪める。
何気ないありきたりの会話が
この上ない苦痛に感じられた瞬間。

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