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2014年4月

雑感

未来のことを考える。

5年先。
今より白髪が増えているだろうか。

10年先。
子どもたちが二人とも成人し、自分の道を見つけているころだろうか。

楽しみだけど、ちょっぴり不安。

20年先。
私たち夫婦、楽しく元気に暮らしているだろうか。

30年先。
どんな世の中になっているのか。
年金はもらえているのかしら?
介護体制は今より進んでいるのかしら?

不安。不安。不安。

先のことは分からない。
分からないことを考えると不安になる。
こうなるだろう とか
こうなっていてほしい とか
いろいろ考えたとしても、
本当のところは後になってみないと分からない。
そうするとつい、最悪のパターンが頭に浮かんで、ものすごいネガティブな気分に襲われる。
あぁ、また私の悪いクセ(^^;)
そうそう悪いことなんて、起きやしないさ!
自分に言い聞かせようとしても、払拭しきれないドス黒い不安。
つくづく、悲観的にできているのね~ と自分でもあきれたとき、
ふと気付いたことがある。

未来の世界にも、確かなことはある。
それは、100年先の未来。
そのころには、間違いなくこの世にはいない。
彼も、私も、子どもたちも。
いえ、私たちだけではない。
今、地上に生きているほぼすべての人間が、あの世へと住処を移している。
みんないっしょ♪
そう思えば、いっそ気が楽だ。

それとも、また生まれ変わって、
この世に舞い戻っているのかしらん(笑)

昨年、落花生を植えていたプランターに、
収穫後、チューリップとムスカリを植えていたのがようやく咲き出した。
落花生が育っていたその同じ土の中に、今、根を下ろす春の花たち。
土は時を超えて様々なものを育む。
土は、地球は、宇宙は、すごい。

1397490789123_6

                 *がんばってみたんですが、
                  画像の向きがどうやっても直りません
                             あしからず・・・(^^;)

 

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少林寺拳法との出会い

とにかくウルトラマンが大好きで、そのアクションを見様見真似で夢中になって演じていた。
いつでもどんな場面でも、見えない敵は襲いかかってくるらしい。
スーパーで買い物をしていても、何気なく振り返れば通路で格闘する息子の姿。
いかに正義のヒーローとて、たまには敵の攻撃をまともに食らうこともある。
「う」と倒れ伏したまま、動かない・・・
そんな背中をつんつんして、
  こらこら、ここでは止めようね
  みなさんの迷惑になるからね^^;
そんなことがよくあった。
次男が2~3歳のころの話である。

その後幼稚園に上がると、今度は仮面ライダーにはまった次男は、やはり迫りくる空想の敵をなぎ倒しては、飽くことなき戦いを繰り広げるのであった。
男の子ってこうも戦いごっこが好きなものかしら?^^;
半分呆れながらも、半分は感心しながら眺めていた。
意外とサマになっているのである。
敵の攻撃をかわしながら、ころんと一回転して起き上がったときの、なんとも見事なポージング。
決め技が飛び出す前の、気をためているような間の取り方。
すべてテレビで見るヒーローのアクションがお手本になっている。
よく見ているのねぇ・・・
だれから教わったわけでもないのに、自分がイメージしたように身体が動くって、すごいわぁ・・・

そんなある日、私が子どもたちを連れて実家に帰省した折に、母が習っている太極拳の練習に次男もついて行ったことがあった。
シルバー世代が並んで練習している中に入れてもらい、初めての太極拳レッスン。
先生から、「なかなか筋がいい」とお褒めの言葉をいただいたとか。
後にも先にも、太極拳はこのとき一回きりとなったが、このときから親ばかなわたくしは、これも一つの才能かしら?などと考えた。
この子に何かちゃんと習わせたいけれど。
少林寺拳法なんか、いいんじゃない?
試しに与えてみた習いごとだったが、今では息子にとっては本当に得るものの多い有意義な活動となっている。

練習の時は道院長の先生を始め、黒帯の大人の方が中心になってご指導くださる。
一人一人のレベルに合わせ、とても細やかに練習を見てくださっている。
そして、時には子どもたち同士で教え合うこともある。
新入りのうちは教えてもらうばかりだった次男も、しばらく練習に通ううちに帯の色も変わり、後から入ってきた子に教える場面も出てきた。
ちゃんと教えられるのかしら と見ているほうはハラハラするが、この「教える」ということも実は大切な勉強なのだと思う。
技がちゃんと身についていなければそれを人に教えることはできないし、どうやって教えれば相手にちゃんと伝わるのか、どんなアドバイスをすればその子がうまくなれるのかを考えることも、すべて自分のためになる。
また、「真面目にやれ」と後輩に言うからには、自分はそれ以上にちゃんとしていなければならないという自覚をも生む。
道場の雰囲気に慣れてくると、くだけた気分になってふざけてしまう時期がどの子にも必ずあるもので、自分が教える立場になってみることで、けじめをつけることの大切さを次男は学ばせてもらったと思う。
家の中では常に一番ぺーぺーの末っ子次男にとっては、貴重な経験だ。

少林寺拳法は単に体を鍛え技を磨くというだけでなく、人づくりのための修練なのだという。
「力」を正しく使うための「心」を育てる。
今の世の中で、とても大切なことなのではないかと思う。
かといって、道場でなにか特別な教えを受けるわけではないのだが、厳しさの中にも優しさや温かさが感じられ、また一人一人が尊重され、礼儀やマナーを重んじ、各自がよいと思うことを率先して行おうとするような、質の良い空気がその場に満ち満ちているのを感じる。
この空気の中で、子どもたちが生き生きと楽し気に過ごしながらお互いを高めあっていけるのであれば、親としてはこの上なくありがたいことだと思っている。

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道衣

先日、下の息子に少林寺拳法の道衣を新しく購入しました。
息子が少林寺拳法を始めて、もうすぐ丸3年になります。
一年生で習い始めた当初はSサイズの道衣がブカブカで、かっこよく7分丈で着こなしている周囲の子どもたちの中で一人、まるで長袖長ズボンのパジャマ姿のような激しい違和感!(笑)
それでも、真新しい道衣に身を包み、年上の子どもたちと一緒に並んで、突きやら蹴りやらを真似ている姿を眺めては、
  なんて可愛いのかしら~♪
と、まるで幼稚園の発表会を見ているノリで喜んでおりました私は、正真正銘のバカ親でございます(^^;)

その新しかった道衣も洗濯で少々縮み、また息子の背も伸びたことで、ほどよい加減に小さくなっておりました。
今がジャストサイズという感じです。20140407_135738_2
すっかり「少年拳士」という風格が~♪
またまた、親ばか目線!(笑)
大変失礼いたしました<(_ _)>

まだ1年くらいはいけるかなーと思っていたのですが・・・
問題は道衣のズボンのほうです。(右→)
さすが武道の道衣とあって、生地も縫製もしっかりしています。
平均して週二回の着用頻度では、3年間使った今も、さしてへたっておりませんし、縫い目のほころびなども全くありません。
むしろ、着慣れて体になじんできた感じです。
丈夫にできているのね!(・∀・)
股部分もたっぷりマチが取ってあるから、体の動きを妨げることもなく、本当によくできている・・・
洗濯後の濡れた道衣を干しながら、そう思ったまさにそのとき!
全く予期していなかったものを発見しました。

20140407_140413
股部分が擦り切れて、穴が開いてる!
しかも、左右対称に!!

縫い目ではありません。
生地が破れているのです。
ジーンズのひざに穴が開くのは理解できても、まさか、道衣の股に穴が開くとは思っていませんでした。
小さい小さいと思っていましたが、子どもなりに一生懸命練習してきたのですね。
その穴が息子の頑張りの証のような気がして、なんともいえない感慨に浸る母です(*´ω`*)
せっかくサイズがちょうどよくなったところでしたが、このまま着続けて、勢いよく脚を蹴りだした途端にビリッ!と穴が裂けて広がる・・・なんてことはまぁないでしょうが(笑)、3年たつわけですし、いい機会かなぁと思い、新しいものを購入した次第です。
喜ぶだろうと思って新しい道衣をみせたのですが、息子のほうは「今までのがよかった~」
まぁ、そう言わず・・・(^^;)
これ着て、またがんばってよ!

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怒らせてはいけない~母の嘘と子どもの心~

私がまだ子どもだったとき、母の顔にはたくさんのそばかすがありました。
今はほとんど目立たなくなっているので忘れていましたが、先日母のことをブログの記事に書いていて、ふとそのことを思い出しました。
昭和40年代から50年代にかけての当時、今のようなUV対策の方法もなく、無防備に紫外線にさらされていたからなのでしょうね。
生まれてこのかた毎日眺めてきた母の顔に、ほかの人にはないような茶色の斑点があることにある日突然気づいた私。
5歳くらいになっていたでしょうか。
鏡の前に座って化粧をしていた母に向かって、
「どうしてママのお顔には、茶色の点々があるの?」
今の私だったら絶対に言われたくないような言葉を、ストレートに投げかけたのです。
母の目はちらっと私を見て、またすぐ鏡の中へと戻っていきました。
パフを持った手を休めず動かし、粉をはたきながらこう言います。
「これはね、ママが怒ると一つずつ増えていくの。だから、お願い。いい子になって、ママを怒らせないでちょうだいね。」
   えぇ~!!
   そうだったんだ・・・(゚д゚)!
それ以来、母に怒られるような場面が訪れるたびに、
   あぁ、これでまたママの顔の点々が増えてしまう~~~ (>_<)
と、私は内心びくびくしていたのでした。
でも、小さいころの私は何をそんなに怒られたのでしたっけ?
のんびり屋で人一倍マイペースな子どもでしたので、ぐずぐずと要領の悪いところがきっと母をイラつかせていたのだろうということはなんとなく分かりますが・・・
怒られた内容を覚えていないのにも関わらず、「私のせいで、ママの顔が点々だらけになってしまう」と怯えていたことはよく覚えています。
それだけ、衝撃的だったのですね(笑)

大人になってから、このことを母に話したことがあります。
「昔、怒るとそばかすが増えるって私に言ってたよね?」と私が言うと、
母はニッと笑って、「信じた?」
そりゃあ、信じましたよ!
純真な子どもでしたもんっ
ママが嘘をつくなんて思いもしなかったですもんっ
大きくなれば自明のことでも、小さいうちはわからなかったりするものですね(^^;)

懐かしい自分の子ども時代。
もっと早くいろいろ思い出していたら、我が子の子育てもまた違っていたかなぁ・・・?と思う今日この頃です。
4月1日、エイプリルフールに因んだお話でした。

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