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2013年9月

強敵現る

「今日、ぼくね、ナスと闘ったんだよ!」
学校から帰った三年生の次男が言う。
次男はナスが嫌いである。
「なに? 給食?」
聞けば、給食で麻婆ナスが出たそうである。

私が小学生だった頃は、嫌いでもなんでも、残さず食べるように指導されたものだったが、今の学校は事情が違っている。
嫌いなものを無理に全部食べさせるよりも、楽しく食べることが重視される。
食事を美味しく食べるということはとても大切なことだ。
私は昔、食の細いほうで、食べるのも遅かった。
好き嫌いはなかったけれど、早く食べなくちゃ!というプレッシャーの方が先に立って、給食の時間はいつも憂鬱だった。
そんなことをふり返ると、今はいい時代になったと思う。

しかし、メインのおかずがナスとは、ちょっときつかったね~smile
いいことではないかもしれないが、子どもの苦手な食材は食事作りのときについ敬遠してしまう。
次男以外の家族はみんなナスが好きなので、前はよくナス料理を作ったものだったが、次男のナス嫌いが判明してからは格段に頻度が下がった。
こっそり何だかわからないようにして、カレーに入れてしまうときもあるが、子どもは絶対に自分の嫌いな食べ物を見逃さない。
「あー!これナスでしょbearing
「・・・バレた?coldsweats01
というやり取りを何度かくり返すうちに、こちらの手の内もすっかり読まれるようになった。
なので、我が家の食卓は今やナス消滅の危機に瀕している。
いいのか?こんなことで・・・
私たちはナスを食べたいのに・・・
次男にしても、嫌いなものは避けて通る。
そんなことで本当にいいのか!?

そう考えると、給食にナスは歓迎である。
みんながいっせいに食べる給食に出たなら、文句もつけられない。
アレルギーでない限り、食べられないほうが悪いのだ。
世の中、そうそう自分の思う通りにはならないということも、知らなければならない(= '艸')ムププ

「で、ナスはどうだったの?」
「・・・つよかった~sad

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私がおばさんになっても

夏の初めに、サングラスを買いました。
私はメガネをかけているのでサングラスというものを使えないのですが、メガネの上から使えるオーバーサングラスというものを知り、運転用に購入したのです。

知ってましたか?
いくら全身をUVケアしても、眼から入る紫外線を防がないと肌は黒くなるのですって!
脳がそう指令を出すのですって~!!
ほんとかな・・・coldsweats02

ま、実際のところ、美白に関してはそれほど気にしていない私ですが、
運転中まぶしいよねshinesunshine
というわけで買うことにしたのです。
そこまではいいのですが、どうもめんどくさがりの私。
ちょっとの距離だから とかなんとかかんとか、夏の間ほとんど使っておりませんでした。
なんてもったいないsweat02
せっかく買ったんだから使わなくちゃーと、今ごろになって使い始めました。
それを見た次男の一言。
  おかーさん、おばさんみたいだよ
サングラスをかけた私がおばさんみたい・・・
何を言う!
おかーさんはね、れっきとしたおばさんなんだよー!!(笑)

親子の会話ってときどきへんですよねー
うちだけかもしれませんが・・・coldsweats01

そういえば昔、こんなことがありました。
まだ長男が3歳くらいのころだから、かれこれ10年以上前のことです。
私が知人の結婚式に出席するため盛装したことがあったんです。
ふだんはGパンばかり穿いていたのに急にスカートを穿いたものだから、
それを見た長男、
  おかーさんがおねえさんになった!
と大喜び。
そうよ~ おかーさん、実はおねえさんなのheart04
可愛かったなぁ、長男くん・・・confident
今は大きくなって、もうあのころの無邪気さはどこへやら・・・
私も、おねえさんからおばさんに昇格したのだから、お互いさまですねcoldsweats01

ちょっと話がそれましたが、
子どもにとって母親って、性別とか、年齢とかを超えた存在なんでしょうね。
おかあさんという特殊なカテゴリーに分類されているというか。
おかあさんというフィルターを通して見られているというか。
子どもの友達にしても、そうです。
ふつうなら「おばさん」と呼ばれるんだろうところを、
「○○のおかあさん」とか、「○○ママ」などと呼んでくれます。
その根底には「オバサン」が悪い意味合いを持っているという認識があるからなのかどうなのか、それは深読みのしすぎかもしれませんが、
呼ばれる側からしたら「おかあさん」のほうが感じがいいと思うのは、正直なところ否めません。
それでも、改めて我が身をふり返ったとき、
私もオバサンになったのねぇ。。。と思う今日このごろです。
べつに自分を卑下しているわけでもなく、人間としてちゃんと大人になったというか。
(えー ほんとに?という声がどこからか聞こえてきそうです^^;)
私が子どもの頃って、他意なくふつうに「おばさん」という言葉、使っていたように思いますが、時代とともに変わるものなんでしょうか。
自分が呼ぶ側から呼ばれる側になったということもあるのでしょうが・・・

数日前にNHKあさイチで、「おばさん脚」というのをやっていました。
加齢により、太もも内側の内転筋という筋肉が衰えると、
座ったときに膝が開く
がに股歩きになる
O脚がひどくなる
という状態になり、ひざの関節を痛めることにもつながるらしいです。
それを番組で「おばさん脚」と名付けていました。
わかるけど。
でも「おばさん脚」はないよねーsweat02
と言いつつ、おばさん脚脱却のためにいいと紹介されていた、バレエの5番ポジションの脚でお皿を洗う私です。
おばさんだけど、おばさん脚はいや~
複雑なおんなゴコロなのです。

あさイチホームページのURL↓↓↓
       http://www1.nhk.or.jp/asaichi/2013/09/17/01.html

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様子をみる (3)

スティーブンス・ジョンソン症候群の名は、ずっと以前にテレビで見て知っていた。
市販の風邪薬や鎮痛剤でもまれに起こすことがある重篤な症状で、死に至るケースもあるという。
そんな恐ろしいことが家族の身にふりかかろうとは夢にも思っていなかった。

ネットで調べたところによると、薬疹の中で多形滲出性紅斑と呼ばれるもののうち、最重症型とされるのが中毒性表皮壊死症(TEN)であり、それに次いで重症なのがスティーブンス・ジョンソン症候群(SJS)だという。
この二つを合わせた発症率は、人口100万人あたりに4.4人というデータがある。
ということは、統計的には約25万人に一人の確率で大当たりなわけだ。
どうせなら、もっといいことに当たりたかった・・・
などとのん気なことも言っていられない。
即、入院である。
やっぱり、ただじっと様子を見ていては、だめだったのだ!

SJSで最もこわいのは、粘膜への発症である。
眼に出れば、失明の可能性もある。
呼吸器や消化器の粘膜にも細心の注意が必要だ。
主人の場合は、わずかに唇周辺に発疹ができただけで、幸いそのほかの粘膜や眼は異常がなかった。
一通りの検査を終え、点滴によるステロイドの投与が始まると、症状はみるみる改善していった。

いちばん高いときで38℃くらいあった体温も平熱に戻り、発疹の勢いも止まった。
発疹はよくなると皮がむけて治っていく。
主人の発疹は全身に広がっていたので、退院までにほぼ全身の皮がむけた。
頭のてっぺんから足の先まで、耳の穴だって例外ではない。
毎日、おびただしい量の皮が剥がれ落ちるので、お掃除のおばさんが日に何度も掃除しにきてくれた。
「あらー またたくさん出たわね~♪」と、明るく笑う掃除婦さんに心が和んだ。
病室に明るさは必要なものだ。
とにもかくにも、こうして文字通り“ひと皮むけた”我が旦那さまは、二週間ほどで退院することができたのだった。

後遺症もなく、すっかり元通りに回復できたのは幸運なことだった。
よかった~!と思う反面、思い返すと、あまりにも危機感のなかった自分がつくづく愚かに思えた。
もし、入院が遅れてもっと重症化していたら・・・と思うと、ゾッとする。
最近、いろいろ反省することが多い私であるが、改めてこの一連の出来事から得た教訓をまとめてみる。

教訓1
 様子をみることは、よくなるのを待つことではない。
 病状の変化をよく観察し、よくない兆候が現れた場合にはすぐ受診するなど、的確な判断を下すことが大切である!

教訓2
 正しい知識を持つこと。
 その病気の症状や経過、治療法について知らなくては判断を誤る!
 分からないことは、率直に医師に聞く。
 病院の先生にも、具体的でわかりやすい説明をぜひお願いしたい。

教訓3
 命を最優先に考えること。
 仕事が・・・ とか、今はちょっと・・・とか、何かを言い訳にして受診を先延ばしにしない!
 命や健康と引き換えにするほど価値のあるものなど、存在しないのだから。

教訓4
 薬は慎重に用いる。
 

 薬に反応する抗体ができるには、服用を始めて1~2週間かかるため、アレルギーによる薬疹は初めて飲んだ薬で起こることは通常ない。
 (しかし、いったん薬に感作されると、次に服用したときにはすぐに薬疹が現れる。)
 初めて飲む薬じゃないから と油断することなかれ。

 
 

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様子をみる (2)

翌日は、循環器内科から皮膚科にまわされた。
一つの病院内にいろんな専門の医師がいるという面で、総合病院というのはありがたい。

皮膚科の医師はこう言った。
「なんらかのアレルギー反応であることは確かですが、今の段階で原因は特定できません。
飲んでいたお薬であるかもしれないし、ほかの原因かもしれない。
なにか思い当たることはありますか?」

なにもなかった。
変わったことといえば、薬の内服を始めたことだけ。
それでも、薬を変えても反応が治まらない以上は、いろいろな可能性を考えなければならないのだろう。
原因が何であるにせよ、とにかく、今のこの状態をなんとかしなくてはならない。
原因の特定はそれからだ。
皮膚科では、ステロイドの内服薬が4日分処方された。
そして二度目の、「様子をみてください」。

ステロイドを飲めば、よくなるに違いない。
私たちは、少し安心して病院を後にした。
そして、早速ステロイドを服用し、様子を見ることになった。

一日たっても、改善しなかった。
また広がっている。
「わるいけど、背中に軟膏ぬってくれる?」
「いいよ~」
背中が真っ赤で、もとの皮膚の色が分からないくらいにひどい。
膨らんだ発疹が、軟膏を塗る手にぼこぼこと触れる。
「これじゃあ、塗り薬足りなくなるねー」
などと言いながら、ひたすら様子を見守る。

二日目も同じだった。
発疹で埋め尽くされた身体の表面から、ぽろぽろと皮がむけ始めた。
「ステロイドってどのくらいで効いてくるのかなぁ?」
「そうだなぁ・・・」
「このまま様子見てていいのかなぁ?」
「なんとかなるものなら、してほしいよ」
「再診予約はお薬がなくなる四日目だったよね。それを待たずに行ってみる?」
「う~ん・・・」

漠然と、様子を見るといっても、どうすべきなのか。
薬疹の症状がたどる経過をよく知らない私たちは、本当に迷った。
とりあえず、処方された4日分の薬を飲んでからの判断でいいのだろうか?
絶え間なく襲うかゆみと頭痛に、なにも手に付かず、本人はひたすら耐え続けている。
何とか食事は取れているが、見るからに痛々しいその姿。
「まいったなぁ・・・」という言葉しか出てこない。

不安にかられた私は、ネットで調べてみた。
薬疹といっても、薬を中止すれば改善する程度の軽いものから、生命の危険にもさらされるような重篤なものまで、いろいろあることが分かった。
検索すると、画像もたくさん出てくる。
ずらーっと出てくる薬疹の画像を見て思ったのは、「どれもたいしたことないわね」ということだった。
つまり逆に言えば、主人のそのときの状態がそれほどひどいものだったということである!
「ね、これって入院して点滴とか、そういうケースなんじゃないの?」
と話しつつも、結局私たちは予約の日まで「様子」を見てしまった。
知らないということはおそろしい。
待ちに待った診察の日、告げられた病名は、スティーブンス・ジョンソン症候群だった。

つづく・・・

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様子をみる (1)

「薬を出しておきますから、それで様子をみてください」
「はい。ありがとうございました」

病院の診察室で、よく交わされる会話である。
だが、この「様子をみる」ということが実はとても難しい。
それを思い知らされた出来事から半年余りが過ぎた。
そのときのことを、書きとめておこうと思う。

「薬疹ですね」
主人の身体の発疹を見た医師は、あっさりそう言った。
やっぱり・・・
その一週間ほど前から、ある循環器系の病気の疑いで薬の内服を始めたところだった。
飲み始めて5日ほど経ったころ、胸のあたりにポツポツと赤い発疹が出始め、翌日にはさらに広がっていった。
もともと主人は皮膚が敏感で湿疹が出やすいたちだったため、よくあることと軽く考えていたのだが、背中のほうにも同じ発疹が出始めたのに気付くと、
  これはなにかおかしい。
  いつもの湿疹とは違う。
  もしかしたら、薬疹なのではないか?
そう考えての受診であったのだ。

「では、今飲んでいる薬を中止して、ほかの薬に変えましょう」
と医師は新しい薬を、アレルギーを抑えるポララミンという薬とステロイドの軟膏とともに処方してくれた。
そして決まり文句の、「それで様子をみてください」。
お薬が変われば問題ないのだろう。
きっとこれで良くなる。
なんの疑問をもつこともなく、診察は終わった。

そして、言われたとおり、薬を切り替え、様子を見た。

とりあえず、一日、見た。

改善はしなかった。
改善どころか、ものすごい勢いで悪化している。
赤い発疹は今や胸からお腹、そして背中一面を占拠し、首や顔、腕や腿にも広がりを見せている。
発疹部分にかゆみは伴うし、薬を変えてからは頭痛まで加わり(副作用だったらしい)、本人もひどくつらそうだった。
薬を変えたのだから、大丈夫のはず。
でも、これだけ激しくアレルギーを起こしているのだから、もっと強い薬でないとこの症状に太刀打ちできないのではないか?

「ポララミンじゃだめなんじゃない?」
「そうだなー」
ということで、主人は次の日再び受診することにした。

つづく・・・

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Mr.K

特殊な能力をもつ人間は、やはり実在するのだろうか。
もしかしたら、彼はそういう人間なのかもしれない。

トイレのウォシュレットが故障したので、いつものお店に修理を頼んだ。
やってくるのは、いつもニコニコ、控えめで、商売っ気を感じさせない、見るからに人のいいKさんという電器屋さん。
Kさんは、もうダメか!?という状態になった我が家の家電品を、いつも見事に生き返らせてくれる、腕のいい技術屋さんである。

だが、本当のミラクルは、修理の腕ではない。
Kさんが来ただけで、あら不思議shine
それまで調子の悪かった家電品が、なにごともなかったかのように動き出すのである。

思い返すと、テレビのときも、乾燥機のときも、食洗機のときも、そうだった!

「あー これですか。どれ、見てみましょう」 と彼がスイッチを押すと、ふつうに動く。
なんで?
さっきまで確かに壊れていたのに~!

そして、Kさんが帰ってしまうと、その家電品は再びもとの故障状態に戻ることから彼のすごさは証明されるが、結局直ってないということでKさんは再び我が家に召喚されることになる。

こんなことを何度となくくり返してきたのであるが、
今度のウォシュレットは、Kさんに連絡した時点で、もう買い替えになるだろうと半分あきらめていた。
リモコンのボタンを押しても作動しない。
本体の機械的な故障を予感させた。
修理するにも古いために部品が入手できないだろう。
だがKさんはやってくれた。
  壁に設置していたリモコンを、本体に装着したら、動きました~
  これで当分大丈夫でしょう

え~?直ったんですか?と驚きつつも笑顔の私。
家計的には、とても、助かるshine
わざわざ来てくれた上に、修理代も取らずに帰って行ったKさんを見送り、早速トイレへ。
ほんとに動くか試してみよう♪

・・・・・・・・・・・・・・・・・
案の定 というのかどうか、やっぱり動かないshock

Kさん、帰っちゃダメなんだよね・・・
といって、うちに住み込んでもらうわけにもいかないし・・・

そんなわけで、結局、買い替えとなりましたとさ。

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自然について考える

昨日から今日にかけて、関東でもたくさんの雨が降りました。
特に今朝方の豪雨はすごかった!
一度眠ったらめったなことでは朝まで起きない私ですら、目を覚ましました。
時計を見ると、4時の少し前でした。

ここ数年、自然災害が多いです。
地震、津波、洪水、落雷、竜巻、猛暑・・・・・・
あれ? 日本ってそんなにたいへんなところだったっけ?
今まで、ぼんやり安穏と暮らしてきた私のような人間には、まさに青天の霹靂。
「豊かな自然」 「美しい自然」ばかりを見ようとしてきた自分を省みると恥ずかしくなります。

考えてみれば、自然はおともだちではない。
確かに自然は私たちにたくさんの恵みをもたらしてくれます。
でも、考え違いをしてはいけないのは、自然は人間のためにあるのではないということです。
大自然の営みの中で、私たち人間も生かされているのです。
その意味では、草木も虫も動物も人間も、地球という星をシェアしあう、対等な存在なのですね。

そんな当たり前なことが、この年になってやっと実感として分かってきました。

太古の昔、人間は自然に神を見出しました。
荒ぶる自然。
母なる自然。
その時々で違った顔を見せる自然というもの。
豊かな恵みをもたらしつつも、時にすべてを奪い去るという二面性をそのまま受け入れ、人知では計り知れない何か大いなる意志を感じたからこそ、敬い、畏れ、祈りを捧げる・・・
それがそもそも信仰というものの始まりだったのでしょう。

自分の都合でお賽銭を投げ、手を合わせるだけの安っぽい信仰心は、もはや信仰とは呼べませんね。
ただの縁起担ぎに神様を便利に使いすぎですcoldsweats01
そう。
現代人は、神も自然もつい便利に利用しようとしすぎている!

日々、謙虚な心で過ごすことこそが肝要なのだと思います。

深い反省をこめて・・・

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落花生 観察日記その7

初めてのお花が咲いてから4週間が過ぎました。
毎日花を咲かせてはしぼみ・・・をくり返しているうちに、
気が付けば 太郎くん、次郎くん、こんなに大きくなりました。

130903_114501

どちらも高さは45センチくらい。
全体にぐんと大きく、たくましくなった印象です。
もうヒヨッコなんかじゃない!
人間で言ったら、もうすっかりいい青年 といったところです。
たのもしいわぁheart04

ところで、みなさん、落花生の名前の由来をご存知でしょうか?
知らないという人のために、ご説明します。
落花生は花が咲いてしぼんだあと、花の元からひも状のものが伸びてきます。
これを子房柄(しぼうへい)といいますが、これが伸び続けて土の中にもぐりこんで行き、実をつけます。
それで「落花生」なのです!
な~んて、偉そうに書きましたが、すべてネットで調べたことです(*´v゚*)ゞ

お花から子房柄かぁ。
太郎くん次郎くんは どうなのでしょうか?

130903_114601
まず、太郎くん。

おー、あるあるshine
ちょっと見にくいですが、
土の中にぶすっと茶色の子房柄が突き刺さっています。

130903_114201_2次に次郎くん。

いっぱいある~shine

こっちの画像の方がわかりやすいですね!



そして、地中めざしてがんばっている子房柄を発見flair
130903_114301_2

地面まで
もうちょっとです。
 

もぐれ!
もぐるんだ~

 

ファイトsign01
いっぱぁ~つsign03

 

みたいな(笑)  古いっ

さて、この子たち、果たしてどれだけの実をつけてくれるのでしょうか。
乞うご期待!

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