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3・11 心象の記録   その3

本当に何が起きたのか知ったのはそのあとだった。
電気が復旧してからは、ひたすらテレビの報道に見入った。
押し寄せる津波の恐怖。
甚大なる被害。
原発の事故。
放射能への不安。
これがリアルタイムに同じ日本で起きていることなのか・・・!

何度見ても、また見てしまう。
時間も忘れ、テレビにはりついていた。
テレビに映っている現実と、自分をとりまく現実がうまくつながらない。
どうにかして理解しようとして、私は必死だった。
たいへんなことが起こっているのだ。
ようやくそれが飲み込めたとき、心底こわくなった。
今まで私はあまりに無防備だった。
自分は安全なところにいると信じきっていた。
現実は、何が起こるかわからないのだ。
これまで何事もなくやってこれたのは、幸運に恵まれていたに過ぎない。

電気は使えるようになったが、計画停電が実施されるという。
買い物に行けば、品物がない。
電池も懐中電灯もインスタント食品もティッシュも。
見たことのない光景だった。
北関東産の牛乳の売り場には
「この牧場は事故のあった原発から離れており、安全です」の貼り紙。
テレビから聞こえてくる風評被害のニュース。
生産農家の苦悩は気の毒に思うが、本当に100%安全なのか。
何を買って子どもに食べさせればいいのか。
飛び交う情報への不信感。
原発安全神話の崩壊。
被災地を支援したい思いと、子どもへの責任との板ばさみに悩み、
募る罪悪感。無力感。自己嫌悪。
がんばろう日本!のキャッチフレーズのもと、みんなが心を一つにすべきときなのに。

幼稚園で卒園式が行われているときも、
小学校で卒業式に参列しているときも、
いつも恐れと不安が心の中心を占め、精神のバランスは危ういところでなんとかギリギリ保たれていた。
アドレナリンが脳内をかけめぐっていたのだと思う。
私が崩れてしまわなかったのは、子どもたちがいてくれたおかげだろう。
いったい私は今までなにを信じてきたのか。
いや、信じてさえいなかったのかもしれない。
考えていなかったのだ。

あたりまえの日常が失われたとき、自分の中の本質が試されることになる。

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コメント

おはようございます。

3.11:直接被害に遭った方も遭わなかった私達にとっても、とても切実な問題として今でも心の中で解決していない感情を抱いています。 

被害に遭った方を心配し、被害に遭っていない自分の幸せを噛みしめる。 それはごく自然の心の動きと思います。

そして災害は他人事では無くていつでも自分にも起こりえることだと思いながら、被災地を見続けていけたらと思います。

サボテンの花さんがこの様なことを書いてくれたことで、私も再度3月11日のあの瞬間を思い返そうと考えています。

投稿: omoromachi | 2013年7月 4日 (木) 08時45分

omoromachiさん、おはようございます。
この記事は(ほかのもそうなんですけど)、みなさんに読んでもらうというより、自分のために書きました。
自分の中のモヤモヤが、文章にすることで整理できたように感じます。
昨日のあさイチで、ゲストの鎌田實氏が「人間は弱くて強い」とおっしゃっていた言葉が印象に残ります。
多くの人の人生を一瞬で変えてしまうほどの出来事があった後で、絶望し悲嘆にくれても、それでも人間は明日を生きていくんですよね。
私も自分の幸運に感謝しつつ、強くなっていかねば と思います。

投稿: さぼてんの花 | 2013年7月 4日 (木) 11時04分

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