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あのころ私も若かった

義父母と同居を始めたのは、結婚と同時だった。
今はまったく家事をしない義母であるが、その当初は一切を取り仕切っていた。
同居というのはむずかしい。
義母の仕事のペースを見ながら、とりあえずは「手伝います」のポジションから家事に参加することにした。
一口に主婦業といっても人によって家事のやり方も自分ルールが存在するものだとは思うが、やがて私はさまざまな「びっくり」に出会うことになる。

あるとき、きざんだきゅうりを差し出しながら義母が言う。
花ちゃん、これ酢の物にするからあとやってくれる?お砂糖入っているからね
え? お砂糖? 
そう! お砂糖はかけたから!
そんなこともわからないの?と言わんばかりの口調で言う。
私も真面目すぎたのだと思う。
お砂糖はふつうお酢のほうに合わせるのよね・・・と心の中でつぶやきながら、砂糖味のきゅうりを試食する度胸もなく、困った私が、
えーと。お砂糖はどのくらいの量が入ってるんですかぁ?
と言うと、気の短い義母は、もういいわよ と結局自分で味付けした。
その出来栄えは・・・
・・・残念。覚えていないbleah

味噌汁もそうだった。
おなべに水を入れて火にかけると、義母は沸騰するのを待たずに出汁パック、バラエティに富んだ具材、みそをどんどん投入する。
そのまま触らず、おなべの中がぐつぐつ煮え立ったころには、味噌汁らしきものができあがっているという手はずだ。
お椀につぎ分けようとおたまでかき混ぜると、取り出し忘れた出汁パックが出てきたりする。
しかも、具材は相性もなにもあったものではなく、冷蔵庫にその日あったものをすべて放り込んだような取り合わせ。
野菜やいも類、豆腐、油揚げくらいならわかるが、日によってはしらすが入っていたりする。
こんな斬新な作り方ってあるんだ・・・
それでも食べられるんだ・・・
まず出汁をとってから2~3種類の具材を入れ・・というオーソドックスな作り方しか見たことのなかった私にはまさにカルチャーショックsign03
冷蔵庫の余り物をすべて使い切り、調理時間も短縮できるというある意味画期的なこの方法。
しかし味見というものをしない義母の手による味噌汁は、あまり美味しかったためしがない。

またあるときは、まだ4時にもならないうちから、もう夕食の魚を焼き始めている義母。
今日はなにかあるんですか?と尋ねると、
なにもないわよ~ 手が空いたから早めに始めたの!
それにしても、ちょっと早すぎるんじゃ?と思いつつも、
そうですかぁcoldsweats01 と作り笑いで返す私。
農家なんかね、日が暮れたらもうごはん食べて早く寝るのよ
これ常識!とばかりに義母。
まだ日が暮れるまでずいぶんあるし、第一うちは農家じゃない・・・
そんな当然の理屈ですら反論できなかった当時の私。
義父も主人も基本的に職場が家であり、時間の融通は利くため、
できてしまったらもう食べようということになり、その日は5時を待っての夕食となった。
ところが、そのときになると母の分の魚がない。
いえね、焼いてるとき身が崩れちゃって、そのとき食べちゃったのよ
えーーっ!!!

義母のやることはすべてがこの調子だった。
いったいそれまでこの家はどうやって暮らしてきたのだろう?

私は根がめんどうくさがりの人間なので、家事でもなんでも省エネで動きたい。
あとで掃除するのがめんどうだから、できるだけ汚さない。
それがポリシーである。
だが、義母は正反対の人間。
何も考えず思いっきりやるだけやり、しかも、さんざん散らかしたり汚したりしたあとの片付けは一切しない。
手順を無視し、細やかさに欠け、面倒なことはすべて遠ざける。
自然、面倒なことはすべて私にまわってきた。

母のやっていることを見ていられなかった私は、ついつい仕事を自分に背負い込んだ。
食事の仕度も、一緒にするほうが却ってわずらわしく、「私がしますから」と率先してやった。
私が作るようになると、特別手の込んだ料理でもないのに、義父がやたらにほめてくれる。
花ちゃんは味付けが上手だね
この煮物、よくできているよ~
見るからにおいしそうな卵焼きだなぁ!
そう言われると悪い気はしない。
そうですかぁ?happy01などと照れ笑いをしては、私も家事に精を出す。
お世辞にも上手とはいえない義母の料理のおかげで、
私の人並みな料理が思いがけず高評価を受けることになったのは、幸運というべきか。
あるいはこれが義父母の作戦だったのでは?と今は思わないでもないが・・・。

前回、義母のことを書いたあと、芋づる式に古い記憶がよみがえってきた。
今思うと、笑い話のようだ。
そんなこと真面目にやっていたんだなぁ と可笑しくなる。
でも当時は笑えなかった。
そんな余裕はなかった。
もう少し気持ちに余裕があったら、もっと楽にいられたのに。
義母のやっているハチャメチャなことも笑ってやり過ごすことができたのに。
私も若かったのだ。
まだまだ青かった。
そんなことも、40を過ぎた今になればこそ、思えるのである。

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コメント

サボテンの花さん、こんばんは

本当に大変そうです。いつの時代も嫁・姑の関係は大変だと思います。 ある程度感覚が似通っていてる場合はまだしも、本質的な部分・譲れない部分が違うとおそらく多くの場合はお嫁さんのストレスは大変だろうと思いますね。

まあ、過去の話がふつふつと怒りに変わったら大変ですので、若かった自分を愛おしく思いましょうよ。 この経験はいい勉強になって自分を成長させくれるはずです。

これからもっと素敵な女性になりましょうよ!

投稿: omoromachi | 2013年7月 9日 (火) 23時44分

いつもコメントありがとうございます。
自分で言うのも変ですが、結婚まで私は嫁・姑問題には無縁な人間と自負しておりました(^-^;
それがこれほどまでどっぷりと漬かることになろうとは…笑
今思い返しても、考えられないような出来事がそれはそれは沢山ありました。
いい経験…とまでは言えないですが、さまざまな思いを乗り越えて、少しは人の痛みのわかる人間になれたのではないかと思っています。
元々が、のほほんとしすぎておりましたゆえ、それで人並みなんですけどね(*´v゚*)ゞ

投稿: さぼてんの花 | 2013年7月10日 (水) 00時22分

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