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年相応とは

このごろの義母を見ていると、年を取るということについていろいろ考えさせられる。
義母は80になった。
かかりつけのクリニックでは、脳のMRI検査を行い、年相応の老化の状態と言われた。
画像検査で目立った所見はなく一安心ではあるが、生活をともにする家族としては心配な言動が多々見られる。
これが始まりなのかもしれない。

つい最近、エベレストの最高齢登頂者となった三浦雄一郎氏のようなスーパー80歳もいる一方で、「年相応の」老化とは何を指すのだろう?

要するに全般的な能力の衰えが始まっているということだよ。
それが不思議じゃない年だって言うこと。
先生はソフトな言い方で言ったにすぎない。
そんなに深く考えることじゃないよ。
主人はそう言う。

確かに、「年相応の」と言われれば、義母自身が抵抗なく自分の老化を受け入れられるのだと思う。
実際、自分は年相応、つまり普通なのね と義母は思っているようだ。

年齢からしたら不思議でない程度の老化。
頭では理解できるが、私の中の何かがまだ納得サインを出さない。
同じ年齢でも、重度の認知症になってしまっている人もいれば、老化を全く感じさせない人だっている。
個人差は大きい。
また一般に、はた目には老化を感じさせない人にしても、自分では若い頃に比べて物忘れが多くなったなどの衰えは感じているものだと思う。
もともと忘れっぽい人もいるし、そうでない人もいて、現時点での状態だけを見て老化しているかどうかの判断はできない。

それに、認知症の特徴としてはエピソード記憶の消失がある。
出来事があったこと自体を忘れてしまうため、自分が忘れていることにさえ気づくことができない。
この場合は他者からの評価と自己評価との間に、かなりの温度差が生じることになる。

・・・・・・・・・・・・・
で、義母の場合。
もともと言動に?????なところのある彼女は、多少おかしなことをやっていても、「年相応」ということになろうか。
世間一般の「年相応」とはかなりかけ離れている感はあるが・・・think
一応それで納得することにする。

ふと我が身をふり返れば、
スーパーで買い物中、何を買うんだっけ? や、
おかーさん今日集金だよ! あ、忘れてた~ や、
家で、ケータイどこやったっけ? などは日常茶飯事。
20代の頃に比べると見事なボケっぷり。
私もたぶん「年相応」なのだと苦笑い。

500円のスーパーのおすしをお昼に買ってきたときに、
わぁ~ こんなごちそう!!
と大げさに喜んで見せる義母。

今日は疲れたな~と手抜きをして、
出来合いのサラダを器に盛り、プレーンオムレツにカゴメの「かけるトマト」を添えただけの簡素な夕食に、
まぁ! おいしそうね~♪
とわざとらしいまでに驚嘆の声をあげる義母。

嫌味か?とついひねくれて受け取ってしまう私であるが、
もしかすると、義母の感性は子どもに返ってきているのかもしれない。

今日も、最近買い換えた電話の子機の使い方がわからないと言う。
新しくなったとはいえ、ボタンの配列などは同じなのに。
自分のケータイは使えるのに。

年を取り、できないことが増えていくのは仕方がない。
でもそうなったときに、大切にされるか、お荷物になるかは、
その人がそれまでどんな心がけで生きてきたかが左右する。
私はもっといい年の取り方をしたいと、義母を見ていてつくづく思うのである。

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義母」カテゴリの記事

コメント

こんばんは。

認知症の問題は高齢化社会を迎えた日本で大きな問題となっていますね。歳を重ねることそれは逆戻りはしません。

「年相応」私は大好きな言葉です。私は一応(?)医者ですので学問的な老化について研究は良いことと思うのですが「アンチエイジング」という言葉が余り好きでは無いのです。歳を取るのが悪いことのように思えてしまうものですから

人生の最後になった時に本当にこの方が皆から大切にされていたかどうかがわかると思います。 現職の時に周囲が褒め称え取り巻き連中が多くいても、退職後地位が無くなって認知症が進むと誰も相手にしないような方を時々見ることがあります。 私自身もそうならないように人として正しい道を歩んで行きたいと思いますね。

記憶の衰え身体の衰えが、家族にとっても本人に取っても大きなストレスにならなければいいのですけど・・

投稿: omoromachi | 2013年7月 8日 (月) 00時55分

お医者様の立場からの貴重なコメント、ありがとうございます。
私も歳をとるのは悪いことではないということに、同意見です。もちろん、老け込みたくはないですが…笑
素敵に年齢を重ねている方を見ると憧れます。
残念なことに、義母に対してはそういう感情をどうしても持てませんが…
この人が大好きなお義母さんだったら、私のこれからの人生も違ってくるんだろうな と時々恨めしくなります…
しかし! なにごとも自分次第。人のせいばかりにしてもいられませんね。
最期のときになされる、その人の人生の総決算は本当にシビアなものです。
私自身、ボケても愛される老人を目指したいです。

投稿: さぼてんの花 | 2013年7月 8日 (月) 10時07分

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