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2013年7月

落花生 観察日記その4

それぞれのプランターに収まって、

やっと落ち着いた太郎くん次郎くんですbud

落花生は、つるんとま~るい葉っぱが4枚ついた細い茎が

真ん中の太い茎から ぴょんぴょんと飛び出ていて、

なんともユーモラスな雰囲気をかもしています。

上から見ると こんな感じ ↓↓↓

130731_104701_2

130731_102301_2
のぞき込んで見ていると、

あれ?

ここだけ5枚あるsign01

次郎くんのてっぺんに

小さな5番めの葉を発見ですflair 
           →→→→→

 

ほかにもあるのかな?と見てみると・・・

 

130731_102402_2
太郎くんにもありました。

今度は大きさのそろった きれいな五つ葉shine

珍しいのかどうか よくわかりませんが、

なんだか 四つ葉のクローバーを見つけたときのような満足感heart04

やっぱりこの子たち、私をハッピーにしてくれる幸運のアイテムに違いありませんhappy02

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落花生 観察日記その3

今朝見たら、落花生の子どもたちは

4枚一組の丸い葉っぱを広げ、

大空に向かって すくっと立っておりましたshine

ほら おかあさん! ぼくたち もう大丈夫だよbud

まるで、そう誇らしげに言っているようです。

とりあえず一安心。

ところで、昨日の日記の画像を見て思ったんですが、

もしかして このプランターじゃ小さいsign02

ネットで調べたところ、

コンテナを使う場合は直径30センチはあるものを・・・

やっぱり 小さいsweat02

なんで始める前にちゃんと調べなかったのかsweat02

・・・というわけで、植え替えることにしました。

古い大きめのプランターを物置から引っぱり出して洗い、

植え替えの作業を始めたら、また雨が降り出してきました。

雨をうけて、ぴんと広がっていた葉っぱが閉じています。

反応が早い!

草木も生きているんだね~shine

ではあらためて、これが落花生の太郎です ↓↓↓

130729_090401


でもって、こっちが次郎 ↓↓↓↓↓

130729_090901


大きく育っておくれ~heart04

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落花生 観察日記その2

私としたことが!

昨夜の豪雨の中、かわいい落花生ちゃんを放置してしまいましたsweat01

かわいそうに、まだ幼いchickひよひよ落花生ちゃんは

激しい雨に押し倒されて、見るも無残な姿に・・・

と思ったら、意外に強かったsign03

728_2

倒れたからだを くの字に持ち上げ、

健気にもお日さまの方向に伸びていこうと

とてもがんばっておりました。

  立て!

  立つんだ!

  ジョー!!!

なんて~ 笑

もともと地植えでもいいんだもの。

そりゃ、強いですよね・・・coldsweats01

三時間後の姿です  ↓↓↓↓↓↓↓

130728_123701

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落花生 観察日記その1

130727_103501_2落花生の苗budを植えてから一週間がたちました。

 
順調に育っていますscissors

日に日に大きくなっているのがわかって、やりがいある~shine


水やりは主に次男が担当してくれています。

学校から持ち帰った自分のホウセンカといっしょに、毎日お世話してくれています。

なんだ 自分でやってないのか とお思いになった そこのアナタ!笑

本当は自分でやりたいんです。

でも、そこはぐっとこらえて 子どもに譲る。130727_104701

子どもに花を持たせようという母心なのですよ~( ̄▽ ̄)


ところで、落花生ですが、ひとつ発見があります。

どんどん新しい葉が出てくるのですが

その出方が変わっていて、束になって出てきています。

 しかも、折り畳130727_104702_2まってsign01   

  ほらupwardrightupwardrightupwardrightupwardrightupwardrightupwardrightupwardright

 

 upwardleftupwardleftupwardleftupwardleftupwardleftupwardleft こっちも~!!

130727_104901_2

よく見ると、根元のほうからも

ちいさい葉っぱがたくさん出てきていています。


真夏の照りつける日差しの中、

たくましく成長を続けております

 shineshinebudshineshine

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髪を切る

髪を切ってきました。
髪を切ると、いつも心がスッキリupします。
伸びてうっとうしくなっていたのを切るからスッキリするのは当たり前のようですが、
それだけではない爽快さを感じます。

髪を切ってもらうとき、私はよく目を閉じます。
目を閉じて、チャキチャキチャキ・・・と美容師さんがハサミを使う音を聞くのが好きです。
そのリズミカルな音によって
不揃いな毛先が切りそろえられていくさまを思い浮かべると、
自分の内面のデコボコまでが
きれいに平らにならされていくイメージにつながって、
それで私という人間がリセットされていくような気持ちになるのです。
そのうちに、すぅ~っと眠ってしまったり catface

私の髪は美容師さん泣かせの髪で、量が多くカットも手間がかかります。
花さんの髪はすいてもすいても減らないよ~ と美容師さんの声。
もう10年以上の付き合いになる今の美容師さんは、それでも丁寧に時間をかけてカットしてくれます。
その間、私はゆっくりとリラックスタイムを楽しみますheart01
ひどいときは、こっくりこっくり船を漕いで、カットが中断することも。
美容師さんも困りますね、こんなお客は。
困らせるつもりはないのだけど、あんまり気持ちがいいものだから・・・笑
美容師さんの手って、なにか特別なオーラを発しているのじゃないかしら?

今日は夏休みということで、次男をおともに連れて行ったところ、
待ちきれなくなった次男の「早くして~!」がやかましく、
しまいには、「あと5分!」
「4分!」
「3分!」
「2分30秒!」
とカウントダウンまで始まる始末。
隣の席のお客さんは笑い出すし、
私もくつろぎのひとときどころではなくなってしまいましたsweat02
美容師さんもそのプレッシャーの中、よくがんばって下さいましたが・・・
やっぱり美容院だけは一人で来よう と固く心に誓ったのでした。

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モチベーションの上がったお話

スーパーに行ったら、入り口でお菓子やさんが出張販売していました。
落花生の豆菓子。
きなこ味にミルク味?
ちょっとおいしそうだなぁheart04
と、試食に吸い寄せられ、海苔醤油とミルクを購入しました。
小さい小袋で、ひとつ100円。
ふたつで200円のお買い物。

いい気分で立ち去ろうとしましたら、お店のお姉さんがおっしゃいます。
「今、落花生の苗を無料でプレゼントしているんですが、いかがですか?」

落花生かぁ・・・
ちゃんと育てられるかしら?
そんな思いとはうらはらに、すでに「ください」の手が伸びている。
ついつい、顔がほころんでいる。

どうも、「無料」とか「今だけ」とかいう言葉に弱い。
考える前に身体が反応しているcoldsweats01
まぁいいか。
どうせタダなんだしsign01
子どもも夏休みだし、ちょうどいい。
200円買っただけなのに、2株ももらえてラッキー♪

というわけで、持ち帰った苗をさあ植えかえようと思いましたら、
問題発生。
ちょうどいいプランターがない!
今度はプランターを買いに走ります。
根に実がつくので、少し深めのもの。
399円でした。
ついでに腐葉土も買おう!
合計で約750円の出費です。

あれあれ?
タダだったはずなのに、
なんという矛盾sweat02
これはなんとしても収穫までこぎつけなければ!
と密かに闘志を燃やす私なのでありました。

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ブログパーツ

このところ、私にしては今までにない勢いでブログを更新しています。

ちょっとしたマイブーム到来といいますか(*^o^*)

毎日のように自分のブログを覗いていると愛着がわいてくるものですね♪

皆さんのブログを拝見し参考にさせていただきながら、ちょこっとずつ、手を加えてみたくなりました。

前置きはこれくらいにいたしまして…
それでは、皆さま、パソコン画面の右手をご覧ください。

ブログパーツを設置いたしました〜sign03

(モバイルをご利用の方、どのように表示されているかわかりません。あしからず)

キボウのカケラと申しますこのブログパーツは、KDDIさんが提供する募金コンテンツです。
東日本大震災の被災地の子どもたちや、難病と闘う子どもたち、また森林育成のための支援プログラムそれぞれに、1日1回クリックすると1クリック=1円に換算され、KDDIさんからお金が支払われるしくみになっています。

キボウのカケラをわっしょいわっしょいnoteと運ぶかわいいアニメーションにも癒やされますし、
またなにより、少しでも自分にできることを実践する喜びを広めていけたら という思いで設置してみました。

KDDIさんの企業努力に賞賛の拍手を贈りつつ、趣旨にご賛同いただける方、どうかクリックをお願いします。

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ざるの思い出

毎日暑いです。
暑い夏はやっぱりそうめん!
というわけで、お昼にそうめんを茹でておりました。

茹で上がったそうめんを お湯ごとざーっとざるに。
その瞬間、思い出したのですflair
パンチングさるの思い出 (≧m≦)

ちょうど一年前だったと思います。
それまでキッチンで使っていた調理用のざるは義母から受け継いだもので、細い針金を編んだタイプのいわゆる普通のざるでした。
使うに何の不都合もなく、ずっと使ってきたんですが、
ただ、針金の先がほつれたようになって飛び出した部分にうっかり触ると、指先にチクっと痛いときがあるんですよね。
それで買おうかなぁと思ったわけです。
パンチングのざるを。
金属板にぷつぷつと穴をあけてあるパンチングなら針金に指を刺す心配もなく、安心して使えます。
今度買い物に出たら、買ってこようsign01
そう思った私は、いつも買い物リストを書いているホワイトボードに
「パンチングざる」と書きました。

その翌日だったでしょうか。
小学生の次男が言います。
おかーさん、さる買うのsign02 さる買ってさると闘うの?∑ヾ( ̄0 ̄;ノ

さる?
映画ナイトミュージアムのオマキザル、デクスターが私の脳裏をよぎります。
むぅ~ さるはたいへんそうだし、飼いたくないなぁ・・・
なんで さる?
と思って、息子の視線をたどってホワイトボードを見ると、
「ざ」の濁点が消えておりました。

パンチングさる

(≧m≦)(*≧m≦*)(≧∇≦)

以来、我が家ではざるのことをさると呼んでいます。

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お箸のからあげ

鶏の唐揚げといえば、大人から子どもまで、嫌いな人はいないという人気メニュー。
我が家でも御多分にもれず、夕食の定番となっている。
油の処理がめんどうという理由で揚げ物は敬遠しがちな私であるが、献立を思いつかないときにはこれにしておけば間違いない。
だれからも文句の出ない便利なメニューなのである。

ところが、困ったことがひとつあった。
唐揚げを作るときの菜箸である。
油の中でお肉をコロコロとひっくり返しているうちに、
気付くとお箸の唐揚げができている。
これを洗い落とすのはけっこう手間取る。
水溶きタイプの衣をつけたときはよけいだ。

なんとかならないの~?といつも思っていたのだが、
意外と簡単になんとかなった。
菜箸を使い分ければいいのだ。
お肉を油のお鍋に入れる用の菜箸と、
油の中でお肉を返す用の菜箸。
二つ用意すればよい。
このことに気が付いて以来、後片付けがぐーんと楽にsign01
なにごとにもちょっとしたコツというか、工夫がいるものね と自分で発見したプチ裏技に大満足の私scissors

だけど、お箸がからあげになって困ったのは私だけなんだろうか?

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あのころ私も若かった

義父母と同居を始めたのは、結婚と同時だった。
今はまったく家事をしない義母であるが、その当初は一切を取り仕切っていた。
同居というのはむずかしい。
義母の仕事のペースを見ながら、とりあえずは「手伝います」のポジションから家事に参加することにした。
一口に主婦業といっても人によって家事のやり方も自分ルールが存在するものだとは思うが、やがて私はさまざまな「びっくり」に出会うことになる。

あるとき、きざんだきゅうりを差し出しながら義母が言う。
花ちゃん、これ酢の物にするからあとやってくれる?お砂糖入っているからね
え? お砂糖? 
そう! お砂糖はかけたから!
そんなこともわからないの?と言わんばかりの口調で言う。
私も真面目すぎたのだと思う。
お砂糖はふつうお酢のほうに合わせるのよね・・・と心の中でつぶやきながら、砂糖味のきゅうりを試食する度胸もなく、困った私が、
えーと。お砂糖はどのくらいの量が入ってるんですかぁ?
と言うと、気の短い義母は、もういいわよ と結局自分で味付けした。
その出来栄えは・・・
・・・残念。覚えていないbleah

味噌汁もそうだった。
おなべに水を入れて火にかけると、義母は沸騰するのを待たずに出汁パック、バラエティに富んだ具材、みそをどんどん投入する。
そのまま触らず、おなべの中がぐつぐつ煮え立ったころには、味噌汁らしきものができあがっているという手はずだ。
お椀につぎ分けようとおたまでかき混ぜると、取り出し忘れた出汁パックが出てきたりする。
しかも、具材は相性もなにもあったものではなく、冷蔵庫にその日あったものをすべて放り込んだような取り合わせ。
野菜やいも類、豆腐、油揚げくらいならわかるが、日によってはしらすが入っていたりする。
こんな斬新な作り方ってあるんだ・・・
それでも食べられるんだ・・・
まず出汁をとってから2~3種類の具材を入れ・・というオーソドックスな作り方しか見たことのなかった私にはまさにカルチャーショックsign03
冷蔵庫の余り物をすべて使い切り、調理時間も短縮できるというある意味画期的なこの方法。
しかし味見というものをしない義母の手による味噌汁は、あまり美味しかったためしがない。

またあるときは、まだ4時にもならないうちから、もう夕食の魚を焼き始めている義母。
今日はなにかあるんですか?と尋ねると、
なにもないわよ~ 手が空いたから早めに始めたの!
それにしても、ちょっと早すぎるんじゃ?と思いつつも、
そうですかぁcoldsweats01 と作り笑いで返す私。
農家なんかね、日が暮れたらもうごはん食べて早く寝るのよ
これ常識!とばかりに義母。
まだ日が暮れるまでずいぶんあるし、第一うちは農家じゃない・・・
そんな当然の理屈ですら反論できなかった当時の私。
義父も主人も基本的に職場が家であり、時間の融通は利くため、
できてしまったらもう食べようということになり、その日は5時を待っての夕食となった。
ところが、そのときになると母の分の魚がない。
いえね、焼いてるとき身が崩れちゃって、そのとき食べちゃったのよ
えーーっ!!!

義母のやることはすべてがこの調子だった。
いったいそれまでこの家はどうやって暮らしてきたのだろう?

私は根がめんどうくさがりの人間なので、家事でもなんでも省エネで動きたい。
あとで掃除するのがめんどうだから、できるだけ汚さない。
それがポリシーである。
だが、義母は正反対の人間。
何も考えず思いっきりやるだけやり、しかも、さんざん散らかしたり汚したりしたあとの片付けは一切しない。
手順を無視し、細やかさに欠け、面倒なことはすべて遠ざける。
自然、面倒なことはすべて私にまわってきた。

母のやっていることを見ていられなかった私は、ついつい仕事を自分に背負い込んだ。
食事の仕度も、一緒にするほうが却ってわずらわしく、「私がしますから」と率先してやった。
私が作るようになると、特別手の込んだ料理でもないのに、義父がやたらにほめてくれる。
花ちゃんは味付けが上手だね
この煮物、よくできているよ~
見るからにおいしそうな卵焼きだなぁ!
そう言われると悪い気はしない。
そうですかぁ?happy01などと照れ笑いをしては、私も家事に精を出す。
お世辞にも上手とはいえない義母の料理のおかげで、
私の人並みな料理が思いがけず高評価を受けることになったのは、幸運というべきか。
あるいはこれが義父母の作戦だったのでは?と今は思わないでもないが・・・。

前回、義母のことを書いたあと、芋づる式に古い記憶がよみがえってきた。
今思うと、笑い話のようだ。
そんなこと真面目にやっていたんだなぁ と可笑しくなる。
でも当時は笑えなかった。
そんな余裕はなかった。
もう少し気持ちに余裕があったら、もっと楽にいられたのに。
義母のやっているハチャメチャなことも笑ってやり過ごすことができたのに。
私も若かったのだ。
まだまだ青かった。
そんなことも、40を過ぎた今になればこそ、思えるのである。

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年相応とは

このごろの義母を見ていると、年を取るということについていろいろ考えさせられる。
義母は80になった。
かかりつけのクリニックでは、脳のMRI検査を行い、年相応の老化の状態と言われた。
画像検査で目立った所見はなく一安心ではあるが、生活をともにする家族としては心配な言動が多々見られる。
これが始まりなのかもしれない。

つい最近、エベレストの最高齢登頂者となった三浦雄一郎氏のようなスーパー80歳もいる一方で、「年相応の」老化とは何を指すのだろう?

要するに全般的な能力の衰えが始まっているということだよ。
それが不思議じゃない年だって言うこと。
先生はソフトな言い方で言ったにすぎない。
そんなに深く考えることじゃないよ。
主人はそう言う。

確かに、「年相応の」と言われれば、義母自身が抵抗なく自分の老化を受け入れられるのだと思う。
実際、自分は年相応、つまり普通なのね と義母は思っているようだ。

年齢からしたら不思議でない程度の老化。
頭では理解できるが、私の中の何かがまだ納得サインを出さない。
同じ年齢でも、重度の認知症になってしまっている人もいれば、老化を全く感じさせない人だっている。
個人差は大きい。
また一般に、はた目には老化を感じさせない人にしても、自分では若い頃に比べて物忘れが多くなったなどの衰えは感じているものだと思う。
もともと忘れっぽい人もいるし、そうでない人もいて、現時点での状態だけを見て老化しているかどうかの判断はできない。

それに、認知症の特徴としてはエピソード記憶の消失がある。
出来事があったこと自体を忘れてしまうため、自分が忘れていることにさえ気づくことができない。
この場合は他者からの評価と自己評価との間に、かなりの温度差が生じることになる。

・・・・・・・・・・・・・
で、義母の場合。
もともと言動に?????なところのある彼女は、多少おかしなことをやっていても、「年相応」ということになろうか。
世間一般の「年相応」とはかなりかけ離れている感はあるが・・・think
一応それで納得することにする。

ふと我が身をふり返れば、
スーパーで買い物中、何を買うんだっけ? や、
おかーさん今日集金だよ! あ、忘れてた~ や、
家で、ケータイどこやったっけ? などは日常茶飯事。
20代の頃に比べると見事なボケっぷり。
私もたぶん「年相応」なのだと苦笑い。

500円のスーパーのおすしをお昼に買ってきたときに、
わぁ~ こんなごちそう!!
と大げさに喜んで見せる義母。

今日は疲れたな~と手抜きをして、
出来合いのサラダを器に盛り、プレーンオムレツにカゴメの「かけるトマト」を添えただけの簡素な夕食に、
まぁ! おいしそうね~♪
とわざとらしいまでに驚嘆の声をあげる義母。

嫌味か?とついひねくれて受け取ってしまう私であるが、
もしかすると、義母の感性は子どもに返ってきているのかもしれない。

今日も、最近買い換えた電話の子機の使い方がわからないと言う。
新しくなったとはいえ、ボタンの配列などは同じなのに。
自分のケータイは使えるのに。

年を取り、できないことが増えていくのは仕方がない。
でもそうなったときに、大切にされるか、お荷物になるかは、
その人がそれまでどんな心がけで生きてきたかが左右する。
私はもっといい年の取り方をしたいと、義母を見ていてつくづく思うのである。

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3・11 心象の記録   その3

本当に何が起きたのか知ったのはそのあとだった。
電気が復旧してからは、ひたすらテレビの報道に見入った。
押し寄せる津波の恐怖。
甚大なる被害。
原発の事故。
放射能への不安。
これがリアルタイムに同じ日本で起きていることなのか・・・!

何度見ても、また見てしまう。
時間も忘れ、テレビにはりついていた。
テレビに映っている現実と、自分をとりまく現実がうまくつながらない。
どうにかして理解しようとして、私は必死だった。
たいへんなことが起こっているのだ。
ようやくそれが飲み込めたとき、心底こわくなった。
今まで私はあまりに無防備だった。
自分は安全なところにいると信じきっていた。
現実は、何が起こるかわからないのだ。
これまで何事もなくやってこれたのは、幸運に恵まれていたに過ぎない。

電気は使えるようになったが、計画停電が実施されるという。
買い物に行けば、品物がない。
電池も懐中電灯もインスタント食品もティッシュも。
見たことのない光景だった。
北関東産の牛乳の売り場には
「この牧場は事故のあった原発から離れており、安全です」の貼り紙。
テレビから聞こえてくる風評被害のニュース。
生産農家の苦悩は気の毒に思うが、本当に100%安全なのか。
何を買って子どもに食べさせればいいのか。
飛び交う情報への不信感。
原発安全神話の崩壊。
被災地を支援したい思いと、子どもへの責任との板ばさみに悩み、
募る罪悪感。無力感。自己嫌悪。
がんばろう日本!のキャッチフレーズのもと、みんなが心を一つにすべきときなのに。

幼稚園で卒園式が行われているときも、
小学校で卒業式に参列しているときも、
いつも恐れと不安が心の中心を占め、精神のバランスは危ういところでなんとかギリギリ保たれていた。
アドレナリンが脳内をかけめぐっていたのだと思う。
私が崩れてしまわなかったのは、子どもたちがいてくれたおかげだろう。
いったい私は今までなにを信じてきたのか。
いや、信じてさえいなかったのかもしれない。
考えていなかったのだ。

あたりまえの日常が失われたとき、自分の中の本質が試されることになる。

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3・11 心象の記録   その2

自宅に着いたときは、ほっとする気持ちと不安な気持ちが入り乱れていた。
家の中はどうなっているだろう。
食器棚、大丈夫だろうか。
ネコたちは?

祈るような気持ちで中に入る。
無事だった。
電気がつかない以外は、とくに変わった様子はない。

主人と義母は家にいた。
「電話したんだけど全然つながらなくて慌てたよ」
そう言う主人の声も、やや興奮している。
ほどなくして、6年生だった長男の小学校も集団下校となり帰宅した。
家族がそろい、やっと笑顔になる余裕が出た。

そうこうするうちに、日は落ち、外には闇がせまっていた。
夜が来る。
停電はいつまで続くのだろう。
情報源はラジオのみ。
エアコンも使えず、ダウンジャケットや毛布にくるまって寒さをしのぐ。
ふと気付いた。
冷蔵庫!
停電はまずいのではないのか? 特に冷凍のほう・・・
かといってどうすることもできないので、とりあえず触らないことにした。
子どもたちにも冷蔵庫を開けないようにお触れを出す。
こんなときはいったい何をしたらいいのだろう。
湧き起こる様々な不安について、今は考えないことにして、とにかくこの夜を平和に過ごすことに専念する。

こうなってみて、非常時の備えがほとんどなかったことに改めて気付いた。
懐中電灯の予備の電池も買い置きがない。
さいわい、ろうそくがあったので、数ヶ所に灯して、
そのゆらめく光の中で食卓を囲んだ。
あるものをかき集めただけの夕食ではあるが、ビデオカメラには楽しげな家族の姿が収められた。
同じことを何度もくりかえすラジオの放送をバックに、
なにげないいつもの会話も特別な響きをもって聞こえてくる。
被災地の惨状を思うと不謹慎ではあるが、そのとき私たちはある種の喜びに酔いしれていたのである。

                           その3につづく・・・

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3・11 心象の記録   その1

3・11の地震から2年ともうすぐ4ヶ月。
節目でもなんでもない中途半端なこのタイミングで、どういうわけか当時のことをよく思い出す。
我が家は被災地ではない。
これといって、被害はなかった。
本当にありがたいことだ。
家族も全員無事で、失うものもなく、今日も生活している。

その日、私は子どもの通う幼稚園にいた。
当時年長組だった次男の、卒園前の謝恩会が開かれていた。
時間をかけて練習してきたクラスの出し物も終わり、まさにクライマックスを迎えようとしているそのとき、地震はやって来た。
揺れる園舎。
声を出すことも忘れ、うずくまる子どもたち。
同席する保護者の間に緊張が走る。
静かな、しかし油断のない先生たちの動き。
謝恩会はそこで中止となった。

余震におびえつつも、子どもの手を引き車に乗り込む。
深呼吸ひとつ。
とにかくうちに帰らなければ。
慎重に車を走らせ交差点にさしかかったとき、私は思わず「あっ」と声をあげた。
信号機が消えている。
そうだ。停電していたのだ。
交通量のそう多くないところで、幸い混乱はなかった。
そろそろと徐行しながら、周りのドライバーと目線を交わして通り過ぎる。
このときほど、親の責任というものを感じたことはない。
私がしっかりしなければ。

                        その2へつづく・・・

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